★第56話 新生 ≠ クロノ・クロノス
予期していた一撃は、予想以上に重かった。
愛剣光放つ百舌鳥でなければ、剣ごと身体を真っ二つにされていたに違いない。
鞘のまま受け止めたが、アイリスの身体は軽い。
衝撃を殺しきれず、視界がぐちゃぐちゃに揺れる。
背中ごとドアを突き破り、廊下の壁に叩きつけられた。
「ぐ……!」
肺の中の空気が一気に抜ける。
霞む視界の中、敵の数も、距離も把握できない。
『大丈夫か、アイリス……!』
「う、うん……あれ、私が出てる――?」
リンナが身体の主導権を握っていたはずが、いつの間にかアイリスの意識が表に浮かび上がっていた。
『――壁のような物に阻まれて交代できない。
行けるか、アイリス』
「うん――大丈夫」
危機は己を磨く。
これまで幾度も死線を越えてきた中で培ったアイリスの信念だった。
「肉体の方も随分と勘が良いようだね、リンナ君」
崩れた壁の向こうから、マキナが静かに歩み出てくる。
背筋を伸ばし、すらりと伸びた脚線美を惜しげもなく見せながら。
顔には生気が宿っていた。
頬は紅に染まり、出会った頃よりも若返って見える。
二十代前半の女が、今は十代半ばに戻ったような――そんな妖しい美しさがあった。
「もちろん勝てないわけではないが、剣聖リンナが相手では、私も分が悪い」
マキナは静かに笑みを浮かべ、手に持った空のガラス瓶を振る。
「――だから魂は表に出ないようにしたよ。
肉体と魂の研究もゴーレムマスターの得意分野でね」
彼女の背後では、闇の中に人影がいくつも揺れている。
はっきり数までは見えない。
少なくとも三体以上――。
『アイリス、この人数相手では不利だ。
一度、引くぞ』
アイリスは心の中で頷き、静かに剣を抜く。
鞘から光放つ百舌鳥――細く鋭い刀身が、月光を受けて微かに光を返した。
柄には百舌鳥の翼を象った装飾。
軽やかで、神聖な美しさを帯びている。
「抜くのか。
一介の冒険者が三百年の時を過ごしたゴーレムマスター相手に」
「――私たちを襲うことで、何が得られますか」
アイリスの口調はこれまでの柔らかい物腰ではない。
幼いながらも威厳に満ち、落ち着いた口調だ。
「一つ、リンナ君の魂だ。
私なら魂を取り出して新しい肉体に補完できる。
二つ、ユウヒ君だ。
リンナ君を回収すれば、おのずと彼女も保管できる。
三つ、マリアベルの子孫。
あれも保管しておけばシェードは喜ぶだろう」
「つまり貴女は、新生クロノ・クロノスを作るのですね」
「新生……?」
マキナの頬がわずかに歪み、笑みとも怒りともつかぬ感情が走る。
「――クロノ・クロノスは終わってない!!」
叫ぶと同時にマキナの右手が大きく振り抜かれた。
武器も、詠唱もない。
それでも背後の壁から天井にかけて、五本の爪痕が音を立てて走った。
『アイリス、いけ!』
リンナの声と同時に、アイリスは両腕で顔を庇いながら跳躍する。
廊下の窓を体当たりで突き破り、夜気と月光の満ちる庭へと転がり出た。
「どこ!」
受け身を取ってすぐに体勢を立て直す。
次の瞬間、着地した地面を五本の爪跡がえぐり取った。
「攻撃が見えない――!」
立ち止まれば”見えない力”に四肢を裂かれる。
直感が「触れるな」と告げていた。
アイリスは敵の姿を探りながら、月明かりの下を駆け抜ける。
『マキナ一人、ゴーレムが三体だ。
援軍が来るまで耐えるぞ、アイリス』
「うん……!
でもマキナさんはどうやって攻撃しているの――!」
王都グランヴェルムを離れたのはこれが初めて。
衛兵も、騎士も、宮廷魔術師も見てきたが――“ゴーレムマスター”など聞いたこともない。
『昔は杖だったんだがな、今は獲物すら分からん』
かまいたちのように見えない刃が、手入れされた庭木を無惨に切り裂いていく。
夜の静寂を、裂ける枝と葉の音が満たした。
やがて割れた窓の向こうに、マキナと三体の影が現れる。
月光に照らされ、彼女の“仲間たち”が姿を晒した。
『マキナ――よくもまあ、悪趣味なものを作ったな。
さすがに反吐が出るぞ』
リンナの声には怒気が混じる。
無表情のまま、口元だけが笑っているマキナの隣に、細身の女性が一人立っていた。
身長は一七〇ほど。
無駄のない引き締まった身体に純白のドレス。
胸元にはフリルが施され、悪趣味なまでに少女めいている。
――きっと、マキナが無理やり着せたのだろう。
『私だ、全盛期のな』
リンナの声が低く震える。
それは、彼女自身の姿を模したリンナ=アーデライト・ゴーレムだった。
その後ろには、金髪碧眼の聖女――マリアベルのゴーレム。
さらに猫背で枯れ枝のように細い男。
漆黒のコートをまとう悪魔祓い――コルヴァンのゴーレム。
「マリアベルさん……コルヴァンさん……そしてリンナ君」
どの顔にも感情の色はない。
だが衣服の細部にまでこだわりが見える。
まるでマキナが“思い出”を必死に形に留めようとしたようだった。
ゴーレムが美しいほど、アイリスの胸は痛んだ。
あんなものは思い出じゃない。
帰らぬ過去にすがっているのだから。
「さあ、クロノ・クロノス――久々の狩りだ!!」
マキナの声が夜気を震わせる。
その宣告が、戦いの始まりを告げた。
【カクヨム】
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