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第55話 執念の矛先が向かう場所

 風呂上がり。

 大浴場前の休憩スペースで、背もたれに身体を預けながら湯の余韻に浸っていた俺は、ふと腰を浮かせた。


「……今の音は?」


 爆発ではない。

 何かが叩きつけられたような、重い衝撃音だった。

 わずかに洋館全体が揺れた気がする。

 

「ギリアムさん、今の揺れは……?」


 純白のワンピース姿のアイテールが女湯から駆け寄ってきた。

 栗色の髪はまだ濡れ、普段の二つ結びを解いたせいで、どこか年相応の柔らかさを帯びている。


「分からない、確認してくる」

「わ、わたしも――」

「なに、俺一人で十分だ。皆はゆっくりしてると良い」


 女性陣は風呂上がりも何かと支度があるだろう。


「はい、ではお言葉に甘えて……何かあったらいつでも呼んでくださいね」


 ――と話してから、辺りを見回して、とたとたと駆け寄ってくる。


「……ギリアムさんのお身体を癒せるのは私だけですから。

 絶対に無理しないでください」


 小声で釘を刺されてしまった。

 耳元がこそばゆい。


「善処するよ」


 暗黒スキルは己の命を削る力だ。

 約束はできない。


 それでも俺の返答に満足したのか、アイテールは小さく頷いて再び女湯へ戻っていった。


 ――入れ違いで、リリィが駆け出してくる。


 青いボブカットはすでに乾き、整っていた。

 寝間着ではなく、皺ひとつないメイド服をきっちり身に着け、焦った様子で辺りを見回している。


「どうした、リリィ」

「ギリアム様、アイリス様を見ませんでしたか?

 ダイヨクジョウにもおらず――」


 思い返せば食器洗いの時もいなかったな。

 最後に姿を見かけたのは、夕食の時だ。


「いや、見てないが――まさか」


 アイリスの中にはリンナがいる。

 先ほどの衝撃音と無関係とは思えなかった。

 胸の奥がざわつく。

 すでに事態は動き出しているのかもしれない。


「リリィ、さっき物音があった。

 ちょっと気になってな、様子を見に行かないか」

「ええ、私も同行いたします」


 俺は寝室へと戻り、手早く着替えを済ませた。

 黒のズボンに麻のシャツ。

 その上から、治癒師の足元まである長いコートを羽織る。


「――【ダークグラビディ】!」


 背筋を撫でるような殺気。

 反射的に、後方へ暗黒の重圧を叩き込んだ。


 ――ドスンッ。


 鈍い音とともに、何かが床に叩きつけられる。

 警戒を崩さず距離を取り、部屋の隅から様子をうかがう。


「ユ、ユウヒ……!?」


 グレーの絨毯の上、重力に押し潰されるように少女が倒れていた。

 両手両足をばたつかせるその様は、まるでひっくり返った昆虫だ。

 豊満な胸が押しつぶされ、服が乱れ、下着が見えかけてもお構いなしに蠢いている。


「今、解除するからな……ったく、何して――」


 しゃがみ込んだ瞬間、ユウヒの顔が不自然に持ち上がった。

 その目を見た瞬間、背筋が凍る。


「……ゴーレムか」

 

 瞳には光がない。

 ただ、人工石を嵌め込んだだけの冷たい空洞。

 顔立ちは瓜二つでも、そこに人の息はなかった。


「ギリアム様、いかがなさいましたか!」


 外で待機していたリリィの声が響く。


「リリィ、気を付けろ!

 既に攻撃されている――!」


 床に縫い付けられたユウヒゴーレムが、暗黒の重圧に逆らって身を起こそうとする。

 ぷつり、ぷつりと糸が切れるような音。

 疑似筋肉が裂け、茹でた鶏肉のような疑似筋肉繊維が皮膚を突き破る。


「ユウヒと同じ戦闘能力を有していたら厄介だ――【ダークネイルズ】」


 全身を鈍い疲労が走り抜け、生命力が暗黒の釘となって標的を貫く。

 四肢に突き刺さる音。

 だが悲鳴はない。

 代わりに、青く濁った液体がじわりと床を染めた。


 ――見た目が人間に近いほど、心は惑う。

 それもまた、ゴーレムマスターの狙いだ。


 迷いは死に直結する。

 磔にされたユウヒゴーレムを一瞥し、俺は寝室を飛び出した。


「リリィ、大丈夫か」

「え、ええ、こちらは。

 ですが、いったい何が……」


「ユウヒと瓜二つのゴーレムが俺の首を狙った。

 マキナさんに何かが起きている」

「ア、アイリス様は、まさか……!」


 血の気を失ったリリィの肩に手を置き、落ち着かせる。


「メイドゴーレムたちも襲ってくるかもしれない。

 女湯の皆に伝えてくれ。俺はすぐにマキナさんを探す」


「わ、分かりました。

 私もすぐに追います」


 頷き合い、俺たちは廊下で左右に分かれた。


 洋館の中は不気味なほど静かだ。

 さきほどの戦闘が嘘のように、空気が凍りついている。


 ――殺気。


 反射的に顔を上げる。

 視界の端、天井で何かが動いた。


「【ダークインパクト】」


 暗黒の衝撃が炸裂し、飛びかかってきた影を再び天井に叩きつける。

 メイド服の少女が二体、力なく落下した。


 威力は抑えたが、それでも二体の腹部は粉砕されていた。

 ユウヒゴーレムより安物なのか、内部には肉も血もない。

 鉱物を削って造られた純粋なゴーレム。


「気が抜けないな」


 天井に張り付いていたのか。

 獲物を狙う蜘蛛のように、隙をうかがっていたのだろう。


 メイドたちの手には剣も短剣もない。

 代わりに握られていたのは――フォークと包丁。


 その異様な光景に、改めて理解する。

 こいつらは《《働く》》ためではない。

 《《殺す》》ために、造られている。

【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290

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