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★第53話 クロノ・クロノスの真実

 月明かりが差し込む洋館。

 帯刀したリンナは、強張った表情で歩を進めていた。


 真赤な絨毯が直線的に伸びる廊下は、物音ひとつない。

 リンナの記憶が確かならば、この館にある個室は五十を超えるはずだ。


 ときおりすれ違うメイドゴーレムたちは、感情を持たない。

 ただ与えられたベッドメイクの仕事を終え、無言で洗い場へと戻っていく。


 無感情の“生き物”が住まう館に、三百年。

 気が狂いそうなほどの年月だ。


 ――生まれながらに盲目ならばそこが世界だ。

 では《《世界》》を知った後に、視界を失った者は、どうだ?


 いつ読んだ小説だったか。

 色々な本を読みふけるが、タイトルも思い出せない小説の一説だけを思い出した。


『アイリス、起きているか?』


 身体の主導権を渡した主へと問いかけると、すぐに彼女の思考は浮かんできた。


『リンナ、緊張してる?』

『そんなことは――』


 震える腕が視界に入り、リンナは首を振った。


『アイリスに隠し事をしても意味がないな』


 お互いに意思疎通できるようになったのも、クロノ・クロノスの旧クランハウスに住むようになってからだ。


 しかし幼少時から一つの身体に二つの魂が宿っていることで、隠し事ができないことは本能で感じとっていた。


『緊張している。それも、かなりな』

『そっか、私に出来ることがあったら言ってね』

『ふふ、ありがとう』


 月明かりが差し込む廊下には、等間隔に絵画が掛けられている。

 どれも優しい筆致で、色彩の調和が見事だった。

 

『ここに飾られている風景画はマキナが描いたものだ』

『え、うちの宮廷画家よりも上手かも』

『絵を描くのが趣味だったからな。旅の合間によく筆を執ってたよ』


 あの頃のマキナは、自信なく微笑む穏やかな少女だった。

 リンナは絵を斜めに見上げながら、静かに階段を下り、一階へと向かう。


 ホールではひときわ目を引く絵があった。

 特別な額縁に飾られたその一枚は、まるで時間そのものを閉じ込めたようだ。


『すごい……』


 胸の内に潜むアイリスですら見惚れているのがよく分かる。

 職人の手による繊細な装飾が施された額縁の中、広大な草原が描かれていた。


 どこまでも続く緑の大地。

 空は雲一つなく、鳥の群れが羽ばたいている。

 遠くには小さな城壁があり、誰かの帰りを待っているようだった。


 そして――その中央付近に、六人の影。


 背を向けたまま歩く、マントの男。

 その隣に、背の高い女性と小柄な少女。

 浅黒い肌を持つダークエルフ、術師のような男、そしてシスター服の聖女。


『クロノ・クロノスだね』

『ああ、最後の任務から帰還したときだ』


 ダークエルフはユウヒだ。

 後ろ姿は今と大差ない。


 マントの男はクランマスターのシェード=ラインハルト。

 その隣の背の高い少女が――本来のリンナ=アーデライトの肉体だ。


『ここにマキナさんの姿は……ない?』

『ああ、そうだ。この絵に彼女の姿はない。

 本当は十数人で帰還したからな、これは象徴のような物さ』


 絵画において自分を描かないのはどんな心情なのか。

 リンナもアイリスも理解が及ばないが……栄光の凱旋なのに、どこか哀愁を感じた。


『ねえ、リンナ。

 どうしてクロノ・クロノスは解散したの?』


 クロノ・クロノスを題材にした書物は脚色も多く、まるで真実が覆い隠されているようだった。

 

『……裏切りだよ』

『裏切り?』


 感情を共有しているでリンナの痛いほどの悔やみで胸が張り裂けそうになる。


『クランマスターのシェード=ラインハルトが暗殺された。

 後は疑心暗鬼で簡単にクランは崩壊した』


『あ、暗殺って――』


『シェードは簡単に殺されるような男じゃない。

 だから内部が疑われた』


『そんな……』


『今も犯人は分からない。

 私とユウヒは共に行動していたから、互いの潔白は証明できるがな』


 事件が未解決なのか、暗雲が胸を覆い、息苦しさすら感じる。


『だが数名の純粋な者は――死体を前にしても彼の帰りを待っている。

 死体は損傷が酷くて誰か分からなかったからな……』


 リンナの記憶がアイリスへ流れ込み、断片的な映像が何枚も映し出される。

 

 真暗な室内は火事の後のように焼けている。

 中央の亡きがらを抱き上げて泣いているのは小柄な少女だ。


 素朴で童顔、長い黒髪は三つ編みに結わえられている。

 地味な布のワンピースは焼き付いた肉が付着しようとも、気にしていない。


 この見たこともない少女は、マキナ=ドールだ。

 アイリスは、そう直感した。


『彼女は最後まで彼は別人だと叫びながらも――泣いていた。

 もし本人だったらこれが最後になるからな』


『……どうして、そんなことが』


『嫉妬か、トラブルか……有名になれば予想もつかない理由で狙われる。

 ただ、私たちの名声はその後もずっと冒険者ギルドに利用され、多くの冒険者たちの目標になったのは確かだ』


『……ごめんね、リンナ』

『なぜ、アイリスが謝る』


『同じ身体じゃ、抱きしめることもできない』


 リンナは自分の身体を抱こうとしていることに気が付いた。

 このか細い少女は、《《自分の置かれている状況》》を一人で抱え込んでいるくせに、こうやって他人を気に掛ける。


光放つ百舌鳥(ルミナスシュライク)が、アイリスの手に渡って本当い良かったと思っている』


 リンナもアイリスに触れることができない。

 白く細い手を胸に置いて、温かさを感じることしかできなかった。


『私もユウヒも、既に過去とは蹴りが付いている。

 だが、皆がそうとは限らない』


 ホールから、東側に伸びる廊下を歩き、最東端の部屋の前で足を止める。


 窓を覆う木々が深いせいか、暗く、空気が重々しい。

 木扉には金属の輪――古びたドアノッカーが取り付けられている。


『話を聞くだけなのに、なぜこうも――』


 ドアノッカーに手を伸ばす。

 しかし、指が思うように動かない。

 解散の日の言い争いが、喉を塞ぐようによみがえった。


 それでも――もし、彼女が今も過去の執念に囚われているのなら。

 せめて、言葉だけでも交わしたい。


『リンナ、私が泣いたときはいつも寄り添ってくれてたでしょ』


 話せなくても彼女は気が付いていたようだ。

 なんだバレていたのか、と照れくさい。


『今度は私が傍にいる。

 何が起きても』


 内なる想いが肩を寄せた気がして、ふと熱を感じた。

 金属の輪を――静かに、掴んだ。

【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290

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※カクヨムが先行して配信されています。


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