表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/62

★第52話 女湯

 女ダイヨクジョウは女湯という。


 身体を洗う空間には、腰掛け用の小椅子と桶がずらりと並び、その奥には巨石で組まれた湯船が湯気をたたえ、白い霞がゆらゆらと視界を覆っていた。


 お風呂の周囲には赤や緑の葉をつけた草木が植えられ、庭園のような造りになっている。

 湯船の上だけは屋根がなく、夜の空気がやわらかく流れ込んでいた。


「ドロシー、背中洗って~」


 石鹸を泡立て、布をタオル代わりに、アイテールとドロシーはお互いに身体を洗い合っている。


 湯気の中でアイテールの肌は淡く光を帯び、透き通るように白い。

 ドロシーの肌も雪のようで、触れればすぐに溶けてしまいそうだった。

 二人ともいつも術師のローブを着ているせいか、日に焼けた様子はない。


 そんな二人を、湯に浸かりながら静かに見守るのは――エメラダとユウヒ。


「ふう……熱い湯というのも良いものだ。

 どの街でも気軽に入れる日が来れば嬉しいが」


 エメラダの肌は余計な脂肪が一つもなく、透明な湯の中でも、その鍛え上げられた腹筋の線がはっきりと見えた。


「……足を延ばせる、嬉しい」


 ユウヒは浅黒い肌に湯の光を反射させながら、ゆったりと脚を伸ばす。

 柔らかな曲線を描く身体は、力強さと女性らしさが同居しており、見惚れるほどに整っていた。


「そうだな、ここまで広い湯浴みは、一介の冒険者では不可能だろう。

 当時、クロノ・クロノスというのは何名ほど在籍していたんだ?」


 ユウヒは艶のある唇に人差し指を添え、少しだけ目を伏せて記憶を辿るように呟く。


「少ないときは三人。

 沢山の時もあった」


「荒事は全てクロノ・クロノスが収めたと言って良いほどの活躍と読んだことがある。

 それほどのクランならば、今日まで続いていても良いだろうに……」


「……そうだね」


 ユウヒは湯面に口元まで沈み、ぷくぷくと泡を立てた。

 それ以上は語らない。

 その仕草に、エメラダは触れてはならない過去を感じ取った。


 しばらく静かな湯気が流れ――やがて、エメラダは立ち上がる。

 湯の滴が肌をつたうが、彼女は隠す素振りもなく拳を握った。


「ユウヒ殿、私はエメラダだ。

 孤児院で育ち、アクアヴェルムの領主、ロイズ様は父親のような存在だ。

 父親代わりが穏やか過ぎる性格なことから、悪意潜む昨今では不安。

 ――だから聖騎士の道を選んだ。

 孤児を減らし、家族も守れる盾になるために」


「……どうしたの、自己紹介?」


「ああ、自己紹介だ。

 ユウヒ殿のことを私は何も知らない。

 それは今日の訓練で思い知った。

 命を預け合うならば、他者を知ることが大切――身をもって知った」


 実践訓練のあと、リンナのアドバイスは実に簡単なものだった。

 "他人に興味を持て"、それがエメラダに与えられた助言。


「他人を知るには、まず私を知ってもらわなければいけない。

 どうだ、他に知りたいことはないか?」


「……一理ある」


 エメラダの言葉に、ユウヒは静かにうなずいた。

 確かに彼女の言うとおりだ。

 ユウヒ自身もこれまで、リンナやギリアム以外に興味を向けたことがなかった。

 だが、今は――いい機会かもしれないと思えた。


「……好きな食べ物は?」

「ホットケーキだ」


「好きはお洋服は」

「すべてアザレア様が選んでくれたからな……好きかは分からないが、手持ちは全て可愛らしすぎるかもしれない」


「好きな動物」

「犬」


「好きな色」

「白、純白だ」


「じゃあ……あだ名は?」

「あだ名――あだ名か……」


 エメラダは目を伏せた。

 孤児だった頃、呼び名をつけ合うような仲間はいなかった。

 ロイズたちにも、どこか遠慮して距離を取っていた。

 聖騎士になってからも、ただ強くなることばかりを追いかけて――。


 ――けれど、一人だけ。

 自分を「エメラダ」と呼ばなかった先輩がいた。


「……えめっち」

「えめっち?」


 消え入りそうな声とともに、エメラダは湯に肩まで沈んだ。

 自分で口にしてみると、余計に恥ずかしい。

 耳まで赤く染まる。


「かわいい」

「わ、わたしがか!?

 そんなことはあるまい……」


 ユウヒはそっとエメラダの手を取って、両手で包み込んだ。

 湯の熱とは違う、人の温もりが伝わってくる。


「今日からえめっちって呼ぶ。

 わたしにも付けて」


「わ、私が?

 いや、だが……」

「おねがい」


 大きな瞳で見上げられ、エメラダは完全に言葉を失った。

 この視線には、誰も勝てない。


「あー……ユウヒだから……。

 ユウ? そのままか。まてまて、今違うのを考える。

 これは大切なことだ、場合によっては一週間ほど時間を貰うかもしれない」


 真面目な口調のまま悩み始めるエメラダに、ユウヒはふっと微笑んで、そっと抱きついた。

 抱きしめられたことに気づいたのは数秒後だった。


「ううん、それがいい」

「そ、そうか」


「ありがとう、えめっち」

「あ、ああ」


「呼んで」

「いや、すぐというのはだな、恥ずかしいもので――」


「呼んで」

「う、ううう……!」


 ギリアムがよく困らされていた理由が、ようやく分かった。

 ユウヒに頼まれると、断るという選択肢が自然に消えてしまう。


「ユ、ユウ……」

「よくできました」


 ぎゅっと抱きしめられる。

 同性であっても、胸の奥がざわめくような、妙な熱を感じた。

 伝説のクランの一員――その名に恥じない魅力が、確かにあった。


「……私は、もう呪縛から抜けた。マキナ様、貴女は何を選ぶ?」

「ん?」


 耳元でそっと落とされた囁きは、湯気に溶けて曖昧に消えた。

 エメラダは聞き返そうとしたが、ユウヒは小さく首を振る。

 

「あがる」

「あ、ああ。ユウ、今なにか……」

「ううん、独り言」


 そのとき、女湯の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。

 遅れてリリィとセラフが入ってくる。

 長い布で胸元を隠しながら、リリィは湯気の中を見渡し、首をかしげた。


「アイリス様……先に湯に入っているかと思ったのですが、いらっしゃらない?」

【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290

※最新話 毎日 7:17 に更新中!

※カクヨムが先行して配信されています。


小説家になろう様をはじめ、カクヨムでも感想、レビュー、★評価、応援を受け付けておりますので、お気軽にいらしてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ