第46話 マキナ=ドール
もう誰も訪れないから、わたしが実験室として使っている――。
マキナ=ドールはそう言って、俺たちを屋敷の中へ招き入れた。
「さあ、好きなだけ食べ給え。
ここにあるものは全部、客人のためのご馳走だ」
五十人は同時に食事できそうなほど広い食堂の一角。
黎明の鷲の面々は、並べられた豪華な料理に目を輝かせていた。
「うわあ、このお野菜、甘いです……!」
アイテールが感嘆の声を上げ、ウサギのようにニンジンをハムハムと頬張る。
「この肉は猪か……臭みがない。
それでいてなんて柔らかいんだ」
普段は食事の味に頓着しないエメラダも、今日だけは手が止まらないようだ。
「あたしの自慢の可愛いメイドたちが、時間と手間をかけて丁寧な下処理を施したからね。
ちょっとした食事処にも負けない味だと自負しているよ」
マキナは白く細い指で眼鏡の中央を押し上げ、酒瓶を片手に優雅に椅子へ腰掛ける。
背後では十代ほどのメイド少女たちが、流れるような動きで給仕を続けていた。
無駄が一切なく、まるで一つの舞のようだった。
食堂が賑わいに包まれる中――俺の隣に座るリンナだけが、皿の上の肉を見つめたまま動かない。
「どうかしたのか、リンナ」
「いや……少し疲れが出たようだ。
アイリスと変わる」
剣聖のリンナでも疲れることはあるんだな。
これだけの少女たちを先導してきたのだ。
無理もない。
「訓練はいつでもできるから、ゆっくり休んでくれ」
そう告げると、リンナはほんのわずかに口元を緩めた。
「……優しいな、ギリアムおじ様」
言いかけて少し言葉を探すように視線を落とし、それから、
「すまない。まさか人がいるとは思っていなかった」と小さく呟いた。
「リリィやユウヒ、セラフの件もある。
これ以上は驚かないさ」
……多分。
クロノ・クロノスって、今でも色んな形で息づいているんだな。
そう思うくらいにしておかないと、いちいち驚いていられない。
「しかし、よりによってマキナか――」
「何かマズイのか?」
「彼女は優秀だ。優秀過ぎるくらいに。
だからこそ、気になるんだ、彼女の三百年間が」
「本人と話してみたらどうだ。
積もる話もあるだろう?」
リンナは唇に指を当ててしばし思案したが、マキナが立ち上がる気配を察すると、下唇を噛んで視線を伏せた。
「いずれにせよ気を抜くな。
気になる点があればすぐに帰ってもいい。
我は、少し考えをまとめる」
「ん……分かった」
何を言いたいのか測りかねて、あいまいに頷く。
本人も自分の胸の内をまだ整理しきれていないのだろう。
まぶたを閉じ、深呼吸を一つ。
次の瞬間、静かに――人格はアイリスへと切り替わった。
「わ、美味しそう!
ギリアムおじ様、こちらいただいても?」
「もちろん」
「やったー! いただきまーす!」
久しぶりに表に出てきたアイリスは、満面の笑みを浮かべる。
身体に染みついているのか、背筋を伸ばして、綺麗な角度でフォークとナイフを使い、肉を切り分けて王族のように口に運ぶ。
「アイリス様、お口を」
「ありがとう、リリィ!」
口元に付いた赤いソースをリリィがそっと拭き取る。
その光景はいつも通り――平和そのものだ。
「食が進んでいないようだね、ミスターギリアム」
リンナのことを考えていた俺の席へ、マキナが歩み寄ってきた。
研究者のような言葉遣いに、舞台女優めいた自信の笑み。
つかみどころのない人物だ。
「こんな豪華な食事は久しぶりで……少し質問しても良いですか」
「ああ、もちろんだ、客人」
マキナは椅子を引いて、ゆったりと俺の隣に腰を下ろす。
脚を組み、酒瓶を軽く傾けながら――茶色の瞳がこちらを射抜いた。
「この度は、屋敷を貸していただきありがとうございます。
それで……リンナとは、どういう関係なんです?」
「ふむ、率直だね。礼儀もきちんとしている。
四十代なら当然だが、その“当然”すらできぬ輩が増えた乱れた時代だ。
……君は、好感が持てる中年だよ」
俺の質問の回答になっていない。
「ああ、すまないね。
思ったことはつい口に出る性分でね。
――あたしは、クラン『クロノ・クロノス』のメンバー。
リンナ君とは同期にあたる」
「クロノ・クロノスの……メンバー!?」
またか――。
ここ最近、やけに伝説のSSS級クラン関係者と縁がある。
まるで何かに導かれているような、奇妙な符合だった。
【カクヨム】
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