第45話 クロノ・クロノスの稽古場
「ううう、さ、坂道がつらいですぅ……」
深い森を抜ける風は柔らかく、頬を撫でていった。
黎明の鷲の一行は、それぞれ旅支度のリュックや鞄を背負い、山道を登っている。
「筋肉痛にヒールの効果があればなぁ……セラフちゃんの【祝福】は筋肉痛に効果ある?」
アイテールは、ドロシーとセラフに両腕を支えられながら尋ねた。
「分からないけど、今度試してみたいかも。
神様、筋肉を癒してくださいって祈れば――たぶん」
「なんの神に祈る気だ……」
筋肉の神って奴だろうか。
ありもしない答えを悩みながら、しんがりを務めるのは俺だ。
もし本当に疲労が癒えるなら延々と筋トレできそうだが、それはそれで地獄だろう。
「そういえば、ギリアムは何処も痛そうじゃないんだよ」
俺が答える前に、アイテールが不敵に笑った。
「ふっふっふ。
ギリアムさんは昔から、毎日筋トレを欠かさないんです。
私はいつも見てたから、知ってるんですよ」
歩くだけで悲鳴を上げているのに、なぜそんなに得意げなんだ。
それに、こっそり隠れて鍛えてたはずなのに……バレていたとは。
「まあな、中年になると筋トレ一つで寿命が変わる。
いざという時に身体が動かんようでは暗黒――こほんっ、治癒師失格だ」
「治癒師って、そんなに筋力が要るの?」
セラフが素直な疑問を口にする。
「あー……アイテールを見れば分かると思うが」
「なるほど」
百聞は一見に如かず。
セラフはアイテールの頭を優しく撫でて、それで納得したらしい。
談笑しながら歩くこと数刻。
先頭のリンナが、ふいに足を止めた。
「到着ですか?」
エメラダが周囲を見回す。
だが何もない。
森がわずかに開けているだけで、数メートル先にはまた山道が続いていた。
「待ってろ――」
リンナは薄い胸元をまさぐっている。
どうやら何かを探しているようだが、見つからないらしく小さく「む」と漏らす。
「……《《鍵》》を洗面台に置いたままかもしれん」
「……リンナ様、おっちょこちょい」
励ますようにユウヒがリンナの肩に手を置く。
「うーぬ、戻るわけにも――」
「ひゃっ」
リンナが顎に手を当てて悩んでいたその時、セラフの胸元がふっと光り出した。
「じゅ、十字架が……」
シスター服の内側から取り出した十字架が、うっすらと光を帯びていた。
「か……、『覚醒の十字架』だと!?
なぜここにある!」
リンナはあまりの驚きに、セラフの手を思わず取った。
「いや、まて――この顔どこかで……」
遠い記憶を探るように、セラフの顔をじっと見つめる。
「マキシム……いやゼクス、バッシュ……違うな、男ではない、女だ。
見つめていると、胸がむかむかしてくるその顔――」
「マリアベル様に似てる」
ユウヒがぽつりと呟いた瞬間、リンナは大きく目を見開いた。
「ああ、そうだ!
マリアベル=ノクス!!
外面だけは良くて、内面のねじ曲がった聖女……クロノ・クロノスにおったわ!!」
「ご先祖様の名前――知ってるの、リンナちゃん?」
「知ってるも何も、あやつは我をからかってばかりだったからな。
今でも思い出す――『背が伸びるんじゃない♡』とか言って、何にもで牛乳入れられていた恨みが込み上げてくるわ!!」
宿敵を思い出したのか、珍しく地団太を踏んで怒り心頭である。
「む……ならば相手は誰だ。
確かクラウスと付き合っておったろ?」
「クラウス……うーん分からないけど、ご先祖様はコルヴァンだよ」
「な、コルヴァンだと!? あの悪魔祓いのか?
ふはははは、あやつ目立たなかったくせに、聖女落とすとは、裏でどうなってるか分からんもんだ」
あまりの愉快さに、リンナは腹を抱えて笑い出した。
近くで見ていたリリィは、氷のような視線を送る。
「アイリス様は、そんな下品に笑いません」
「……リンナ様、色恋沙汰に疎い」
「うぐ……っ」
痛いところを突かれたのか、咳払いでごまかす。
「――ではセラフ、それを掲げてみよ」
「うん」
セラフが十字架を高く掲げると、空気が震え、光の中に古びた洋館の扉が浮かび上がった。
「クロノ・クロノスのメンバーは、それぞれが鍵を持っていた。まさか子孫が持っていようとはな。
……助かった。
さ、いくぞ、皆の者」
「リンナ、説明はないのですか?」
エメラダはいつでも盾を取り出せるように背中に手を回している。
さすが聖騎士、危機管理能力が高い。
「見た方が早い」
微笑みながら重厚感のある扉を押すと――その先は広々とした草原の中に洋館があった。
「かなり古い洋館だな、アンティークじゃないか。
広めの庭は稽古に使えそうだ」
「さすがギリアムおじ様だな、その通りだ。
クロノ・クロノスがSSS級のクランになったのは――様々な理由があるが――世界中のどこからでもこの洋館に移動できたのが大きい」
「なるほどな、そこで絆を深め、さらに力を磨いたってことか」
「ああ、そうだ。
ギリアムおじ様が目指すものが同じならば、役に立つだろう」
空想小説がいくつも生まれるほど、誰もが憧れる伝説のクランが使った屋敷だ。
俺も胸が高鳴らないと言ったら嘘になる。
年甲斐もなく、憧れの人を目の前にしたような――そんな気持ちが足元からせりあがってくる。
「では各自、洋館に荷物を置いたらこの庭に集合だ。
部屋は人数分以上ある。
個室でも複数で使ってもいい、自由にするがよかろう」
「やったー!
一緒の部屋にしよう、ドロシー、セラフちゃん!」
さっきまでの疲れは何処へやら、アイテールが二人の手を掴んで笑顔で駆け出した。
「やれやれ、あそこまで楽しそうなアイテールは初めて見ました」
エメラダは彼女の背中を目で追う。
アベルのクランでは怯えてばかりだった姿が、今は嘘のように見えているのだろう。
「どうですかリリィ、たまには同室でも」
「ええ、トレーニング方法も伺いたいところです。
もちろんアイリス様も同室ですが」
二人は頷き、洋館へと歩み出す。
「久しぶりに落ち着いて寝られそうだな。
俺は一人部屋……」
言いかけたところで、袖を引かれた。
「ギリアム様、ユウヒと――ね」
「い、いやそれは……」
「ね?」
「……」
そのままじっと見つめられる。
引っ張り合っても離れず、首を縦に振るまで許してくれそうにない。
「ね?」
「……仕方ない」
さすがに襲われない……よな?
「大好き、ギリアム様」
「ああ、ありがとな」
……やはり今日も、野宿した方が良かったかもしれない。
そのとき、リンナは一人、洋館をじっと見上げていた。
「リンナ、どうした?」
「いや、どうせもう、誰もいないと思ってな。
……ふっ、なんでもない、行くぞ」
過去の幻影でも見ていたのだろう。
小さく笑い、思いを断ち切るように歩き出す。
俺も後を追おうとした、その瞬間――
「きゃあっ!」
甲高い悲鳴が庭園に響き渡った。
「な、なんだ!?」
この声はアイテールか?
リンナと頷き合って洋館へと急ぐと、入り口ではアイテールたちが輪になって立ち止まっている。
その中央――階段には人影が一つ。
すらりとして背の高い女性。
スリットの入ったワンピースから美脚が伸びる。
黒髪は床を這うほど長く、手には酒瓶。
頬を赤く染め、今もぐいと煽っていた。
「なんだ~、あたしの家になんか用でもあんのかあ~!?」
声はハスキーで完全に酔っ払いの声。
だがリンナはその姿を見た途端、息を飲んだ。
「今日は驚いてばかりだ。
……久しいな、マキナ=ドール」
マキナと呼ばれた美女は、酒瓶を口に運び、
喉を鳴らして飲み干すと、口元を豪快に拭った。
【カクヨム】
https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290
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