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第42話 当面の目標

「セラフは聖女として王都グランヴェルムに招かれたけど――」


 言葉を探すようにセラフは視線を泳がせる。


「【神声】の過ちで、セラフは聖女じゃなかったんだ」


 木箱に腰を下ろした俺と、壁に背を預けたエメラダは、静かに彼女の話に耳を傾けている。


「……俺は詳しくないんだが【神声】ってのが間違うことはあるのか?

 神からの声なんだろ?」


「【神声】はグランヴェルムの大司教様だけが使える神聖スキルなんだよ。

 疑うことは神への冒涜に受け取られる」


「大司教とはあの――二十代の若さで初めて上り詰めたヴィンセント様か」


「知っているのか、エメラダ?」


「なんでも自己犠牲精神は聖騎士以上、民の些細な悩みにも寄り添う人格者で、甘い表情が女子にも人気が高いと噂の彼……だろう?」


「うん、そのヴィンセント様だよ。

 そんな人望がある方の【神声】だから、セラフも不思議には思わないけど……」


 けれど、その表情はどこか硬く、胸の奥に言葉にならない思いを押し込めているようだった。


「――何かあったのか」


「《《本物》》の聖女様から言われたの。

 『わずかな間でも聖女として民をだました罪を償え』って。

 ……結果的には偽聖女にはなったんだけど」


「流石にそれは酷い話だろう。

 勝手に連れてこられて、崇められただけじゃないか」


 セラフは頷いた。


「ノクスが嫌な予感がするっていうから、セラフは、すぐに王都を出たの。

 悪魔祓いも始める気だったし、丁度良かったんだよ。

 それで……アクアヴェルムに辿り着いたんだ」


「たくましいな」


 まだこんなに幼いのに心は既に一端の冒険者だ。


「悲しんでばかりもいられないもん。

 そのおかげで、広場でギリアムを見つけられたけど」


 広場……ああ、アイリスの内に潜む剣聖リンナと決闘したときか。


「あまりの動きに、バフォメットが憑いてると思っちゃったんだよ。

 それで色々探ってたら――」


「本物のバフォメットに辿り着いた、ってわけか」


「危なくギリアムを昇天させるとこだったんだよ」


 えへへと笑って彼女は頬をかいた。

 この娘ならやりかねない。


 純粋な笑みを浮かべながら、魂を吹き飛ばすような聖具を軽々と振るう――そんな姿が目に浮かぶ。


「……でもこれでバフォメットとの因縁も終わったの」


 セラフは天井を見上げ、小さく息を吐いた。

 その表情には、遠い故郷を思い出すような影が差していた。


「これからどうするんだ?」


「少し疲れちゃった。

 悪魔退治は続けるけど、狙っていた一番の獲物も倒しちゃったから」


 目標を失ったような、ぽっかりとした虚無がその言葉の裏に見えた。

 セラフの肩が、わずかに落ちる。


 沈黙を破ったのは、腕を組んで考え込んでいたエメラダだった。


「解せませんね」


 唇に指を当て、腑に落ちないように首をかしげる。


「セラフ。

 貴女は偽聖女として王都グランヴェルムの王から暗殺の指令が下っている」


「あ、暗殺だって?」


 物騒な言葉に驚くのは俺の方だった。


「王からの密命、偽聖女を始末せよ、という命令を受け、私たちはアクアヴェルムに来ました。

 ですが、こうして話してみると……あなたを殺す理由が見当たらない」


「確かにな。

 偽の聖女として償えって意味が、命を持って――だとしたら、少し話が大げさすぎる」


 それに冒険者を暗殺に使うなんて話、どう考えても雑だ。

 使い捨てにするつもりで利用した……そういうところか。


 王都グランヴェルムには、暗殺部隊が存在すると噂されている。

 もし本気で暗殺するつもりなら、そちらを動かしたはずだ。


 ――それとも利用できない理由があったか。


「私は、もし偽聖女が本当に悪に染まっているなら、斬る覚悟でした。

 アイテールやドロシーもそのつもりだったでしょう。

 ですが――きな臭い気がします」


「ああ、そうだな。

 王都の治安は元々良くないが、最近は妙な噂も絶えないしな……」


 自称影武者である偽王女アイリスが長期休暇に出るほどだ。

 ……いや、影武者なら今こそ王都にいるべきじゃないか?


「――こっちも何かしら理由がありそう、か」


 まだ数日しか共に過ごしていないが、アクアヴェルムでのアイリスたちの行動を見れば、街の人々を守ろうとする気持ちに嘘はない。

 ならば、二人が自分の言葉で語るその時まで、俺は待つとしよう。


「それで、いかがしますか、マスター」


 まるで有能な軍師のように、エメラダが指示を仰いでくる。


「治癒師のマスターを中心に、数多くのメンバーが在籍しています。

 セラフについては――」


 と彼女へ視線を向ける。


「もし良ければ少しお邪魔していいかな?

 楽しそうだし」


「ああ、歓迎するよ」


 セラフは疲労の影を残したまま、それでも穏やかに笑った。


「ではセラフも含めますが……問題は、王都に追われている件ですね」

「それは……たぶん大丈夫だ」


 俺の言葉に、エメラダが目を細めて問い返す。


「……何故です?」


「王都は何らかの理由で人手が足りんからさ。

 冒険者を使うくらいだ、少しの間は様子見で大丈夫だろう」


 正直、俺たちのようなF級クランが、王都の思惑をどうこうできる段階でもない。

 ならば、その“少しの間”を使って、力を蓄えるのが得策だ。


「つまり当面は――?」


「メンバーが増えたからな。

 まずは結束を固め、連携を高める。

 クエストをこなして財政難を乗り切り、来るべき日に備えて、地力を上げよう」


 エメラダは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「どうした?」


「いえ、黎明の鷲のマスターが貴方のような方で安心しました」


 わずかに焦げた焼き菓子をつまみ、エメラダはほっとしたように微笑んだ。


+++++++++++++++++++++++


 考えてみれば、当たり前のことだった。

 俺はクランハウスを見つけたとき、アイリスとリリィにこう言ったのを思い出す。


『3LDK、風呂トイレ別、築三百年のレンガ造り平屋建て――』


 そのときは、伝説のクランが使っていたハウスを見つけて、妙に誇らしげに口にしていた気がする。

 けれど今となっては、笑い話にもならない。


 三人での話し合いを終えてクランハウスに戻ると、少女たちは外で食事をしていた。


「お帰りなさい、ギリアムおじ様!」

「お、おかえりなさい、ギリアムさん」


 狭い庭ではアイリスとアイテールがパンを片手に談笑している。


 リビングではドロシーとユウヒが何やら意気投合しつつ、リリィはスープ鍋を混ぜつつ苦笑いを浮かべていた。


「……ギリアム様、後で大切なお話が」

 

 その言葉は帰宅した俺へと助けを求める視線だった。


 というか、昨夜の俺の寝床は庭だ。

 突然増えて、これにセラフも増員するので狭い訳である。


「せまそうだねえ、私はギリアムと寝るからいいけど!」


 いつの間にか、ノクスに入れ替わったセラフが俺の腕に勢いよく抱きついてくる。

 柔らかい笑顔と無邪気な言葉は、混乱を楽しむ小悪魔のようだ。


「……エメラダ」

「はい」

「……クランハウスの件も、加えないとな」


 俺の言葉に、エメラダは軽く溜息をついた。

 それは、諦め半分・納得半分といったところだろう。


 どこに行っても、悩みは尽きない。

 それでも――この喧騒が少し心地よく思えたようで……彼女も上手くやっていけそうである。

【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290

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