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第39話 公開処刑のアベル


「なんだ、ずいぶんとボロ布に身を包んで……血まみれじゃないか。

 見すぼらしいもんだな」

「この格好も、そう悪くないさ」


 バフォメットと死闘を繰り広げた冒険者の姿。

 その痕跡を誇りこそすれ、恥じる理由などない。


「しかしなんだ、この凍り付いた空気は?

 俺はバフォメットを討ちとった新たなアクアヴェルムの領主だぞ。

 さっきまでの宴会はどうしたんだよ」


 にやりと笑って辺りを見回す。

 だが、そこにあるのは酒と歌ではない。

 焼け焦げた建物、煤の匂い、そして……無数の死体。


 遺体を運んでいた住人たちが、ぴたりと動きを止める。

 沈黙の中で全ての視線がアベルに突き刺さった。

 その瞳は恐れでも敬意でもない――純粋な、嫌悪だった。


「なんだよこれ……まるで戦争の後か?」


 苦笑いを浮かべながら後ずさる。

 そして、目に映る一人の女の姿に救いを求めた。


「おぉ、アザレア!

 なぁ、皆に言ってやってくれよ。

 夫はバフォメットを討ち、狂信者を元に戻した英雄だってさ!」


 笑顔で手を振るその様は、まだ夢の続きにいる男のそれだった。

 だが――。


 アザレアは血で汚れたドレスの裾を握り締め、ゆっくりと地を踏みしめた。

 一歩、また一歩。

 その歩みが、アベルを現実へと引き戻していく。


「おいおい、なんだよ怖い顔しちゃって。

 これから楽しいことをやるってのに――」


 ――パァンッ。


 乾いた音が夜気に響き渡った。

 アベルの顔が横へ弾かれる。

 その衝撃の余韻を噛みしめるように、広場の空気が凍りついた。


「な……」

 

 誰もが見ていた。

 娘が“英雄”を打ち据えた瞬間を。


 その場で唯一、口笛を吹いたのはロイズ領主だった。

 静かに、どこか皮肉を含んだ音色で。


「もう二度と、アクアヴェルムの土を踏むことを許しません」


 アザレアの声は震えていなかった。

 涙をこらえるでもなく、凛と澄みきっていた。


「え……それはどういう?」


 頬の痛みが現実を呼び戻す。

 ようやく焦点が定まったアベルの視線が、ロイズへと向いた。


「な、なんで生きてるんだ……?」


 ロイズは静かに口元を歪めた。

 怒りとも、哀れみともつかぬ笑みで。


「キミの考えは聞かせてもらったよ。

 ――《《君からね》》」


 その一言が、アベルの中の“虚構の世界”を完全に崩壊させた。


「俺から……どういうことだ?

 おい、アイテール、エメラダ、ドロシー、状況を説明しろ!」


 だが三人の少女は、もはやアベルの声を聞いていなかった。

 アイテールとドロシーは、混乱するエメラダの肩を支えることに精一杯で、アベルを一瞥したきり、何の返事も返さない。


「聞こえてんだろ、主人の命令は絶対だ!

 今すぐここに来いよ、相変わらず使えねぇな、アイテール!!」


 怒声が響く。

 その瞬間、場の空気が凍りついた。

 いつもならアイテールの肩は小さく跳ね、涙目になっていたはずだ。


 ――けれど、彼女は立ち上がった。


 震える脚を踏みしめ、拳を固く握りしめる。


 込み上げる涙を堪えるように、唇を噛んだ。

 ドロシーがその手を掴もうとするが、アイテールは振りほどいた。


「聞こえてんじゃねえか。

 お前らがミスしたせいで、マスターの俺が怒られてんだろ?」


「違います――貴方もさっきまで、バフォメットに利用されていました」


「あん? 俺が利用されてた?

 嘘つくなよ、みんな俺を求めてたじゃねえか」


 反論するアベルに応えず、アイテールは続ける。


「呪具にされ、貴方が街を、みんなをどう思ってるか……。

 胸の内は、ここにいる全員に響き渡りました。

 だから……、怒ってるんです」


「怒ってる?

 別に俺のせいで被害が大きくなったわけでもないだろう――」


 最後の言葉を吐き切る前に、アイテールの腕がアベルの首を掴んでいた。

 鎧に襟首がないせいで、そこしか掴めなかったのだろう。

 細腕とは思えぬ力がこもる。


「見えないんですか、みんな死んでるんです。

 これ以上……そんな言葉を選ばないでください」


「あ……?」


「水路の時もすぐに引けば――ううん、作戦を立ててから突入したら、もっと被害は抑えられた」


「下っ端のお前に何が分かる。

 報酬と名声の取り合いなら、早く攻め入るのが普通だろ!」


 アイテールを普段から下に見ているせいか、彼女の気持ちはアベルに届いていない。

 だが、わずかに額に汗が滲んでいるのを俺は見逃さなかった。


「ううん、私でも分かる。

 私にすら分かるくらい――無謀だった」


 だが引かなかった。


 アイテールの手に、さらに力がこもる。

 白い指先が、震えながらも離さない。


「だとしてもだ。

 勝手に信じて着いてきて、勝手に死んだり、勝手に狂信者になったんだろ、弱い奴らがよ……!」


 身を引きつつもアベルは、口元を歪める。


「なんで人の気持ち、分からないんです――!

 貴方のそんな……強すぎる気持ちが利用されたんですよ!」


 アベルの目が揺れる。


「呪具にされて、この辺りにいた人間をすべてのみ込んだ……。

 ギリアムさんたちがバフォメットを討ちとらなければ、街は本当に……死んでた!」


「な、なんだよそれ……ならお前がなんとかしろよ!

 蘇らせるとか元に戻す魔術とか……治癒師ってのは適当に良い感じにできるだろ!」


 その言葉に、アイテールの表情が崩れた。

 堪えていた涙が、一気にこぼれ落ちる。


「……し、知らないんですか?」


「な、何をだよ……」


 声が震えている。

 彼女は唇を噛み、泣きながら言葉を絞り出した。


 バフォメットを殺した場所で、彼女は気が付いてしまったんだろう。

 離れた後に、バフォメットの身体に駆け寄る二人の男の冒険者の姿を。


「魔術でも死んだ人は、帰ってこないんですよ……?」

 

 その瞬間、アベルの喉から力が抜けた。

 アイテールの手もまた、静かに離れる。


 もう、何もかもが手遅れだった。

 彼女の涙は止まらず、頬を濡らしながらぽつりと呟く。


「……わたし、クランを抜けます」


 その言葉に、ドロシーとエメラダも小さく頷いた。


「……何言ってんだよ。

 お前らみたいな役立たず、拾ってくれるクランいるはずねえだろ。

 俺のとこで戦えないようじゃ、何処でも使えねえよ。

 特にアイテールなんて、ヒールしかまともじゃねえんだぜ?」


「う……」


 身を引いたアイテールの前に、思わず俺は一歩、踏み出していた。

【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290

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