第35話 暗黒騎士の戦い
『なんて酷い……』
衛星都市アクアヴェルムは、本来なら水路が碧く輝く美しい商業都市だった。
だが今、その面影は消え失せている。
宵闇の空は赤く燃え、屋根はところどころ炎に包まれ、崩れ落ちた商店の瓦礫が累々と横たわる。
窓の割れた教会が、静かに異様な輪郭を浮かび上がらせている。
『けど、アイリス、リリィ――上手くやってくれたんだな』
街に逃げ惑う人影はない。
叫び声も消え、瓦礫が崩れる断続的な音だけが、沈黙の中に響いていた。
『ありがとう、皆を街の外へ避難してくれて』
俺は倉庫が立ち並ぶ港沿いにいた。
聖騎士の少女は時計塔方面へ走り去り、そこから別れた形だ。
目に留まったのは、屋根付きの小さな船と、その上に立つ少女のような姿。
彼女の頭には、山羊の頭が載っていた。
『もう終わりにしよう――』
ゆらりと立ち上がる少女のような体に乗せた、山羊の頭。
『――バフォメット』
『……なぜ分かった?』
俺が左腕をあげると漆黒の鳥が二の腕に止まった。
ユウヒが飛ばしてくれた伝書鳩……のような鳥だ。
『悪魔は口が上手いってのは本当だな。
客寄せには近づかん主義でね』
ユウヒが報告してくれなければ危なかった。
――ねぐらと思われる場所には、罠が張られている。
何も知らずに近寄れば、《《ある者が作り出した最も強い願望》》に飲み込まれる、と。
『運のいい男だ。
あの欲が強すぎる男は完全に信者にせず、願望発生器としてあの場に設置した。
他の人間たちは、光にたかる虫のように集まっていったんだがな……』
領主の屋敷にまで罠を張れる悪魔の知恵。
過去の村で見せたような単純な暴力だけではない。
そこに計略が混じっているのは危険極まりない。
『しかし昔のように一人で、何とかなると思っているのか?
今度はその白髪だけでなく、視力や味覚、もしくは嗅覚、触覚、聴覚――寿命すら失うかもしれんぞ?』
相手は魔界でも名の知れた悪魔だ。
暗黒鎧と両手剣を纏っただけで倒せる相手ではないと見抜かれている。
だからもう一度、『メイルスキル』を起動するしかない。
『失うのを恐れれば、なんのための暗黒騎士だ』
アクアヴェルムを救うことで、過去に滅ぼされた村に報えるとは思わない。
だが、俺が前に進むにはこいつだけは滅さねばならない。
『ならばさっさと始めるか、そろそろこの身も窮屈だ。
喰い破れればいいものを……人間の世とはなんと不便か』
小さい悪魔はこの世と魔界の境界線の隙間から漏れ出ることができる。
しかし強大になればなるほど、隙間から出られず、人間の肉体に降臨するしかない。
『魔界の闇を教えてやるぞ、老戦士』
『人が生み出す闇はもっと深いんだよ――!』
先手を打ったのはバフォメットだ。
『初歩はどうだ、【ダークインパクト】――!』
闇の力を呼び出して、目標に衝撃を与える暗黒スキル。
悪魔系モンスターは、魔界生まれのせいか代償なしに乱発できる。
『【ダークインパクト】……ッ!』
暗黒鎧が俺の代償をいくらか受け持ってくれるので、身体への負担は少ないが、時間は掛けられない。
『【ダークナイフ】』
『【ダークナイフ】!』
鎧の中で指から血が流れる。
『【ダークスピア】』
『【ダークスピア】――!』
兜の中で額から血液が滲む。
『【ダークファイア】』
『【ダークファイア】――!!』
口の中が切れた。
バフォメットの顔に焦りが見える。
『な、何故だ。
なぜ貴様に押し負ける――!』
『現実の殴り合いは痛てえんだよ!』
痛みがあるから本気で向ってんだろうが。
痛みから逃げたままじゃ、勝てる戦いも勝てないんだよ。
『――ならば、使徒よ、時間を稼ぐがいい』
俺の足元に闇が集まっていく。
これは――【ダークハイディング】。
闇の中に大量の信者を隠していたか。
『もう人には戻れまい……』
足と腕は異様に長く、背骨からは棘の様な骨がいくつも付き出ている。
耳はコウモリのように大きく、牙は簡単に頭蓋骨をかみ砕きそうだ。
『魂だけでも解放させてくれ――【ダークレイジングストーム】!!』
月光が差し込まぬほどの物量が飛び掛かってきたが、地面から伸びる闇の鋭利な剣が、全ての狂信者の身体を貫いて、無情にも肉片へと返す。
『人の身じゃ、限界がありそうだな、バフォメット』
以前の村でもそうだったが、あの時はまだ俺が未熟過ぎた。
どの技の練度も遠く及ばないほどに、小物だった。
『――そうでもない、肉が弱いならば作り出せばいい』
ズズッと足元の死体が動き出し、バフォメットの身体を構築していく。
巨大な腕、巨大な脚、半裸の身体、山羊の頭、悪魔を象徴する黒翼。
右手は人差し指を立てて天を指し、左手は地を指している。
『即席だが、悪くない』
死体で作られたバフォメットは、俺を指さす。
それだけで暗黒鎧は砕け散り、地面が闇に飲まれ――足元は瓦解した。
『その程度の鎧――神器の武装でなければ、耐えられぬよ』
【カクヨム】
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