★第34話 バフォメットVS黄金の剣
『夜はすぐそこか――』
生け花のように皿から生える手足をむさぼりながらバフォメットは、夕日が差し込む窓を見上げた。
今は山羊頭の被り物を外し、髪の長い女性の顔が露わになっていた。
D級クラン『進撃の雷鳴』に所属するイザベラだったが、同じクランの男性陣が見ても、もう誰かすら分からないほど、表情は狂気に満ちていた。
瞳は深紅に染まり、髪は血のりでうねり、口は耳元まで裂けているような気さえする。
「お、俺たちだけ理性を残すなんて……な、なんでだよ……」
イザベラの仲間だった男二人は倉庫の端で、膝を抱えていた。
次から次へと運ばれてくる猟奇的な《《食事》》は、常人の理性を簡単に削ぎ落すに十分だ。
倉庫は既に人が生きているべき場所ではなかった。
「頼む、俺たちも殺してくれ……せめて、あいつらのように操ってくれ……何でもするから、頼む……」
呟きは虚しく空気に溶ける。
皮肉にも、その願いは叶えられない。
何故ならバフォメットの生贄となったイザベラは、自身が最強の力を得る願いの他に――仲間の無事を契約していたのだから。
「うひ、うひひ……た、助けなんて……だ、誰が助ける、助けられる……」
無言の男も腕を掻きむしり、無数の爪痕が生々しく肩や胸を引き裂いている。
『――この腕で良いか』
暗黒騎士に切断された腕は、死体の腕をくっつけて神経を繋いでいく。
何度か手を握ると、アンバランスな男性の剛腕が、死体の足を口へと運んだ。
『信仰心もかなり増えた――』
人間に願望はあるが、悪魔に明確な願いはない。
彼らの欲望は刹那的で、快楽や愉悦、その場限りの狂宴を求めるものだ。
『いや、あるにはあるか……』
バフォメットは肉を噛み、骨を砕きながら顎が外れそうになりつつも、むしろ歓喜めいた何かを呟く。
『復讐心が』
一度目は魔界に追い返され、二度目は左腕を取られた。
ならば三度目はどうだ。
足元に置いた山羊の被り物を再び被り、バフォメットは満足そうに腹をさすった。
倉庫内で見張り役の狂信者たちが騒めき出す。
焦げ付いた臭いが、室内に広がっていた。
『……燃やすのか、それも悪くない』
慌てるでもなく、バフォメットは立ち上がる。
倉庫中央に積まれた死体の山では、まだ息のある人間もいる。
領主ロイズとイザベラすらも、ただの餌のように置かれていた。
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「ドロシー、燃やせ燃やせ!!」
魔術師のドロシーはアベルの命令に従い、火炎魔術【ファイアバーナー】を放った。倉庫の壁や木材が瞬く間に炎に包まれ、熱風が吹き荒れる。
「エメラダ、俺にシールドを!
アイテールも補助だ!」
「は、はいい! 【ウィンドシールド】!」
「【パラディンガード】!」
風魔術による防御と聖騎士の加護が重なり、アベルは燃え盛る炎の中へ躊躇なく突撃していった。
本来なら外から炙り出した方が安全だ――そう進言したエメラダに、アベルは笑って言い放った。
――炎の中に飛び込み、領主を救い出す。
その方が格好がつく、と。
無謀とも思える発想だが、彼が先頭に立つ姿に、不思議と皆が引き込まれていく。
「エ、エメラダさん、私たちも前に……!」
アイテールがドロシーの手を取り、恐怖を押し殺すように足を踏み出した。
「ええ、二人とも気を付けて。
しかし、マスターが私たちを招集するなど……」
クランとして当然の形ではある。
だが、目立ちたがりのアベルにしては珍しく冷静な判断だった。
「め、珍しいですよね、私も遅く帰って怒られると思ったのに……」
「それに戦い方が変わっている……」
剣を振るいながら、遠距離には魔術で創り出した黄金剣を射出している。
まるで別人のように柔軟で、洗練された戦いぶりだ。
「いずれにせよ、悪いことではない――」
「そ、そうですよね。珍しく連携も取れていますし」
「そうだな」
違和感は拭えない。
だが、アベルがバフォメットを討とうとしているのは確かだ。
――S級クランとしての役割に目覚めたのですね。
エメラダはそう信じ、胸に高鳴りを覚えた。
「いざ、進め、黄金の剣よ!
【パラディンフラッグ】!!」
聖剣を掲げると、光で形作られた巨大な旗が天に翻った。
その加護を受け、アイテールもドロシーも体が熱を帯び、魔力が膨れ上がる。
「今こそ、バフォメットを討つ、最終戦だ!」
「は、はいい!」
三人は一斉に駆け出した。
狂信者たちの動きが手に取るように分かる。
エメラダもドロシーも、アイテールですらも迷いなく敵を斬り伏せた。
「す、すごい、です。
エメラダさんの、聖騎士スキル……」
「不思議だ、私自身もここまで使いこなせてるとは――」
言葉を交わすよりも先に、彼女たちはアベルの背を追った。
炎の奥ではすでに、アベルとバフォメットが激しく剣を交えている。
閃光と爆音が交錯する中――。
「おお、エメラダ、来たのか、彼は大したものだ!」
「え、エメラダ! アベル様の援護をしてください!」
ロイズとイザベラが駆け寄ってきた。
「お二人ともご無事ですか!」
「ああ、彼のおかげだ。
彼こそは、まさに人類の勇者、救世主――!」
「ほんとですわ、お父様。
なんて素晴らしい、お方」
イザベラがうっとりと頬を染める姿は、彼女を知る者なら誰もが違和感を覚えるだろう。
年の近い男性に興味など持たなかったというのに。
――上手くいきすぎている。だが何が?
「終わりだ、バフォメット!!」
轟音とともに閃光が炸裂した。
アベルは山羊頭を掲げ、勝利の雄叫びを上げる。
「俺はアベル=ウィング!
S級クラン『黄金の剣』のクランマスター、さあ、戦は終わりだ!!」
掲げられたバフォメットの首に、生気はない。
仲間たちは歓喜と安堵に包まれ、アベルを讃えた。
エメラダも気付けば駆け寄っていた。
違和感など今はどうでもいい。
――戦いは終わった。
激しき戦いは終わったのだ。
実際の殺し合いの勝敗なんて、あっけないもの。
他の狂信者も人の姿を取り戻し、これ以上の結末なんて存在するのか。
――その答えは、血を一滴も流さないバフォメットの頭部みのが知っている。
『……願いは叶えられた』
【カクヨム】
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