第30話 ギリアムの策
「――以上がバフォメット市街戦におけるポイントだ」
俺の話をアイリスとアイテールは真剣な面持ちで聞いていた。
「ギリアムおじ様、バフォメット戦を熟知しているなんて、Fランク治癒師とは思えない知識量……!」
アイリスは両手を合わせ、羨望の眼差しをこちらに投げかける。
「ええと……昔、本で読んだことがあってな」
「へえええ、やっぱり本を読むって大切なんだね。
私も読まなくちゃ」
腰の愛剣にそっと触れて彼女は立ち上がる。
「じゃあ、民衆の動きは私に任せて。
アイテールちゃんはどうする、一緒に来る?」
「はい、わ、私はそろそろ戻らないと……」
アベルのもとを長く離れてしまっているせいか、不安の色がアイテールの瞳ににじんでいた。
問い詰められるのでは――そんな怯えを抱えているのだろう。
「まあ、何かあったらいつでも相談してくれ。
サポートしてくれる治癒師はいつでも募集中だ」
引き抜きのように聞こえるのは避けたかったが、アベルに責められるのを苦手としている彼女の気持ちは、痛いほど伝わってきた。
アイテールは俺の意図をしっかりくみ取ってくれたようで、目に涙を浮かべながら俺の手を握る。
小さく、温かな手だった。
「あ、ありがとうございます。
で、でも頑張れるところまでは、頑張ってみます」
クランをいくつも転々とすれば悪評に繋がる。
だから、たとえ合わなくても三年は同じクランに留まる――そんな風潮が根強かった。
俺自身もその慣習に縛られ、すぐに辞めることはできなかった。
……まあ結局はクビになったわけだが。
最近では自分でクランを立ち上げるのも以前より容易になったのだから、良いチャンスだと思って、夢に踏み出すきっかけにはなったが。
「無理するなよ」
「アイテールちゃん、またご飯作ろうね!」
アイリスは優しくアイテールに抱きつき、その頭を撫でた。
その一瞬だけは穏やかな時間が流れていた。
だが、胸の奥に拭えぬ不安が残る。
――街はすでに戦火に包まれていた。
俺たちはそれぞれの思いを胸に、アクアヴェルムの街へと分かれていった。
まるで嵐の前の静けさを踏みしめるように。
++++++++++++++
バフォメット対策でリリィに「教会で祝福を受けた装備を整える」と説明はしたが――やはり、バフォメットも同じ考えのようだった。
「……既にもぬけの殻か」
目の前に広がるのは、激しい戦闘の痕跡。
香ばしいような、焼け焦げたような臭い。
残骸と血の跡だけが残され、生存者の姿はどこにもない。
すでに誰かが助け出したのか、それとも――。
いや、不吉な想像は剣を鈍らせるだけだ。
「その場しのぎの言葉だったからな、本命はこっちだ」
あの時、クランハウスでリリィに何か言わなければ、全快するまでハウスに監禁されそうだった。
仕方なく口にした方便――本当に狙っていたのは別の策だ。
混乱の街を駆け抜ける。
露店は崩れ、民家は空っぽ、逃げ惑った人々の気配だけが残っていた。
時折、目に入る小競り合いには、【ダークナイフ】を投げて介入することも忘れない。
それでも――妙だ。
かつて体験した『信者が増えた村』とは違い、狂信者の数が明らかに少ない。
もしかすると、既に誰かが掃討してくれているのかもしれない。
「確かこの辺りに……」
小道を折れた先に馴染みの防具屋を見つける。
入り口には、屈強な中年の男が鉄棍棒を肩に担ぎ、門番のように立っていた。
「おー……てめぇは、まさかギリアム? 久しぶりだな!」
「久々だな、グラハム、急ぎで頼みがあってな」
俺の突然の訪問にもグラハムは両手を挙げて笑い、すぐに店内へ案内してくれた。
「随分と武具が無くなっているが……」
「おっと混乱で盗まれたんじゃねえぜ?
金のねぇ冒険者たちに提供してやったのさ」
白い歯を見せて豪快に笑う。
駆け出しのころ、クラン『黄金の剣』も、先行投資だと称して何度も世話になったものだ。
「しかし、お前がアベルのとこ辞めたなんてなぁ」
「ああ……まあな」
グラハムは多くを語らず、ただ力強く俺の肩を叩いた。
「アベルから色々聞いたが――俺はお前の暗黒鎧を見てきた。
武具に刻まれた傷は、言葉よりも雄弁だ」
それ以上は詮索せず、彼はカウンターの奥へ入っていく。
「領主様からお前の装備を整えるよう頼まれている……行くんだろう?」
「――今回ばかりは暗黒騎士の全身鎧と両手剣が必要だ」
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