★第28話 ユウヒの情報収集
ユウヒはダークエルフである。
本来の名は別にあったが、三百年以上前、人間社会に溶け込むために新たに与えられた名――それが「ユウヒ」だった。
――クロノ・クロノスは、楽しかった。
不謹慎きわまりない。
だが混乱に包まれた街のざわめきを肌で感じ、ユウヒの柔らかな頬は緩む。
人の姿を捨てた狂信者と、バフォメットを追う冒険者たちが激突し、その余波に巻き込まれた住民が逃げ惑う。
防具屋の店主が狂信者に襲われ、地に倒れ込んで助けを求めた。
「ッ!」
次の瞬間、東方の投擲武器――『クナイ』が飛来し、狂信者の頭部を正確に貫く。
腰を抜かした店主が屋根を仰ぐが、そこにはすでに誰の姿もなかった。
三百年前は今よりも魔族との争いが激しかった。
だから、この戦場も「可哀想だ」とは思うが、それ以上でも以下でもない。
ユウヒにとって、人間も魔族もモンスターも――エルフ以外の命を奪うことに躊躇はなかった。
――もう、クロノ・クロノスのマスターにも、お姉ちゃんにも、あの子にも、どの子にも会えない。
理解したうえで、彼女はクランハウスを守り続けていた。
寿命が尽きるまで思い出と共に生きていこうと決めていた。
――だけど、リンナ様に出会えた。
しかもアイリスの身体に宿っているなんて、面白すぎる。
「ふふ」
抑えきれず、笑みがこぼれる。
その笑みの裏で、彼女の手は無意識に狂信者を仕留め続けていた。
闇に潜み、街の死角を疾走する影。
誰に狙われたかすら、敵は気づけない。
――リンナ様は言った。
ギリアム様が新しいマスターだと。
納得するか否かではない。
もう二度と戻らないはずだった賑やかな日々が、また見られるかもしれない。
三百年ぶりの「クラン」。
忘れられない想いには、新たな想いが必要だと、長い旅で彼女は痛いほど知っていた。
――今は、悩むより動くこと。
ギリアムから与えられた最初の命令――「街の情報収集」を必ずやり遂げる。
命令を完遂すること。
それこそが至上の喜び。
与えられたタスクを埋めていくたびに訪れる快感を思うだけで、脳が痺れるほどの多幸感に飲み込まれそうになる。
……いや、まだ早い。
まずは街の状況を調べ上げ、クランマスターであるギリアム様に報告しなければならない。
褒めてほしい。
撫でてほしい。
できることなら――愛してほしい。
「ふふふ」
自分が惚れっぽいとは思わないが、今回こそは運命の出会い。
身体に電撃が走ったのだから間違いない。
はてさて、頭の中で集まった情報をまとめる。
ひとつ、信者は既に人の身を捨てた悪魔もどき。
ひとつ、冒険者たちが信者と戦っているが拮抗している
ひとつ、姿を偽ったどこかの騎士団が混ざってる、援軍?
ひとつ、負けた冒険者や捕まった住人は、人気のない倉庫に連れていかれる。
「……ん」
浅黒い肌と引き締まったボディラインが、跳躍のたびにしなやかに揺れる。
壁に張り付くその太ももは、【シノビスキル】により研ぎ澄まされた美と機能を兼ね備えていた。
――スキル:キツネミミ。
東方に住む狐――黄色い犬のような獣は、異常な聴覚を持つ。
それを模倣したこのスキルは、壁越しのわずかな物音さえ逃さない。
『……くそ、くそ、くそ、やりすぎだ!』
隠れ家めいた狭い倉庫。
その中で、一人の男が苛立ちに行ったり来たりしている。
もう一人の気配は静かで、衣擦れの音と共に小さく頷いた気配が伝わる。
『イザベラ、どうする気だよ!!』
『――贄が足りない、血が足りない』
『完全に頭やられちゃってんじゃねえか!
ああもう、俺たち進撃の雷鳴も、もう終わりなのか、そうなのか?!』
進撃の雷鳴――それは男二人、女一人のクランか。
『怪しい奴から魔石の運搬なんて受けるんじゃなかった。
ギルドの真っ当な仕事を受けりゃよかったんだ』
『足りぬからと言って――貴様らを食べては、この身体との契約を破棄してしまう――契約とは面倒だ』
男が喚き散らす声に構わず、女のようにも男のようにも聞こえる妙な声が淡々と続ける。
『怒るな。今宵、この街の住人は皆、私の信者になる。
お前らは最強の力と武具を手に入れ、一気に最強クランにも匹敵する力を得るだろう』
『うるせえ、やばいよ。
殺しすぎだ、街を壊しすぎだ……ど、どうすんだよ、殺されるよ……!!』
『追手すらも殺せる力だぞ?』
『追われ続けるなんて俺には無理だ。
ああああ、頭がおかしくなりそうだ!!』
『欲が弱いやつばかりだ。
もっと欲深い者と契約できなかったのか――』
『聞いてねえよ、こんなヤバいことになるなんてよ……!!』
進撃の雷鳴は違法な闇クエストを受け、魔石を運んだことで、仲間の女の身体にバフォメットを呼び寄せた。
願いは自分たちの強化と武装の獲得──愚かで短絡的な望みが、彼らを破滅へと導いたのだ。
――人の世は醜い。
けどエルフもダークエルフもハーフエルフも、いつだって互いに刃を向けてたか。
ユウヒはその真実を冷ややかに受け止めるだけだ。
必要な情報を得て、ユウヒは壁から音もなく跳び立つ。
敵の巣は見つかった。
「……あそこ、なんか言ってる」
戻ろうとした矢先、広場から冒険者たちの声が高まっていた。
鼓舞するように、群衆が名を連呼する。
『黄金の剣、黄金の剣!!』
『アベル、アベル、アベル!』
『エメラダ、エメラダ、エメラダ!!!』
異様に熱を帯びた空気に、ユウヒは唇に人差し指を当てて首を傾げた。
「領主様を助けに行けるのは誰だ!!」
誰かが叫ぶと、群衆は『アベル!』と応えた。
黄金の鎧を纏った青年――アベルが、剣を高く掲げ先陣を切って走り出す。
彼のあとに苦々しい面持ちで続くのは、整った顔立ちの少女だ。
背負った巨大な盾が、彼女が聖騎士であることを物語っている。
「エメラダァ、今度はヘマすんじゃねえぞ。
俺の婚約者候補を助けるんだからな」
「……分かっています」
小声で交わされるやり取りを聞き、ユウヒは再び闇へと溶けていった。
雑魚に興味はないが、領主の動向を報告すれば、ギリアム様はきっと喜ぶ。
【カクヨム】
https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290
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