第26話 アイリスとアイテールの手料理
アイテールがフォークに刺したリンゴを手に、得意げに胸を張る。
同じクランにいた頃からの面影はあるが、ここまで自信満々な姿を見せるのは初めてだ。
「よーく聞いてください、ギリアムさん。
私は治癒師です、だから患者は私の言葉は絶対です」
「そうはいっても、街では手が足りないはずだ」
「ダメです。
ギリアムさんはバフォメットに対抗できる数少ない手段の一つなんです。
再度言いますよ、治癒師の言葉は絶対です!」
「でもギリアムおじ様も治癒師だよね?」
看病を任されたアイリスは、次のリンゴを剥きながら、もっともな疑問を述べる。
「主治医は私ですからね」
えへんっと文字が頭の上に浮かびそうなほどだ。
「患者様は今だけでも早く動きたい、そうですね?」
「あ、ああ、だと助かるが」
だが現実は厳しい。
血も魔力も失いすぎた体では、禁忌スキルや血液操作も、下手をすれば暗黒スキルすら起動が怪しい。
「任せてください、私の出番です」
「頼もしいが、アイテールも決戦前だから休んで大丈夫だぞ?」
「いいえ、私も、役に立ちたいんです。
――恩を返したいんですから」
もごもごと呟くと、手に持ったままのリンゴが差し出した。
右手は動かないので左手で受け取ろうとしたら、フォークはするりと避ける。
「アイリスさんが剝いてくれたリンゴに、私のヒールの魔力を強く注ぎました。いうなればこれは、『かいふくりんご』です!!」
「うわあ、おいしそう!」
「じゃあ、あーんしてください。
私が直接ヒールを流し込みながら、食べて貰えば効果は二倍です」
「そ、それは、見た目的に……」
40過ぎのオジサンが10代前半の少女にリンゴを食べされられている図を想像する。
――あ、これは問題がある気がする。
しかも俺は孤高の道を歩き、闇に身を落とした暗黒騎士(元)。
街が襲われているにも関わらず、リンゴを食べされている場合では――。
「ふがっ!?」
「はい、ゆっくり噛んでくださいね、主治医の言葉は絶対です」
にっこりと目を細めてアイテールはリンゴを無理やり押し込んできた。
も、もう少し小さくして詰め込めんのか、喉の詰まるぞ!?
しかもいつもの怯えている姿のアイテールからは想像もつかないほど、恍惚とした表情をしている。
な、なんかに目覚めてないですか!?
「次々行きましょうねえ、これを食べ終わったら……」
「アイテールちゃん、ギリアムおじ様の顔が青いよ?
もう少し柔らかい方が良いんじゃないかな?」
「そうでしょうか、良薬は苦いものです」
――それは味のことであって、食べ方がつらい場合には使わないだろう!
「お城では――じゃなくて、村では砂糖で煮たリンゴが風邪を引いたときに美味しかったな」
「砂糖ですか……」
アイテールが顔に人差し指を当てて数秒、頭の上のランプが点灯した。
「この治癒師アイテールに任せてください。
必ずギリアムさんをすぐに動けるようにしますから!」
何を思いついたのか、恍惚とした表情は変えず、口元だけ笑いながらキッチンへと向かった。
いつもならドロシーがいて安心なのだが、アイテール一人だとこんな感じになるんだなぁ、と妙に不安になる。
「安心ください。
まだ研究中ですけど……この治癒術式なら、寝なくても24時間戦えて、疲れも感じることはないはず――です!」
「アイテールちゃんは、すごい薬を知ってるね、物知り!」
俺、被験体になってしまうんじゃ……。
「ふふ、大丈夫です、痛みもなくすぐ楽になりますからね……」
怖すぎること言ってる……。
「アイテールちゃん、私も手伝うよ。
斬るなら任せて」
「あ、ありがとう、アイリスちゃん!」
二人はキッチンでごそごそと実験を始める。
リリィが買い出ししてきた調味料や食料を混ぜ合い、魔女の釜よろしく、紫の湯気を部屋に充満させながら、「これを入れたら面白いんじゃ」、「これも煮たらウケがいいのでは」と聞こえる。
面白おかしい薬は求めていない。
無理をしないでくれと心で祈りながら俺は地獄の待ち時間を過ごした。
地を這ってでも教信者狩りに参戦しようと考えていた頃、「できたー!」と若々しい娘たちの声が鳴り響く。
「に、逃げそびれたか……!?」
ザラメを丹念に煮た甘い匂いが鼻孔をつつき、蜂蜜の臭いが混ざり合う。
「さあ、ギリアムおじ様、おまちしましたー!」
ご機嫌なウェイトレスのようにアイリスが運んできたのは、リンゴを砂糖と蜂蜜でじっくりと煮込んだ料理だった。
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【かいふく料理】
■リンゴのコンポート ~アイテールの魔力漬け~
衛星都市グリーンヴェルム原産のリンゴを贅沢に砂糖で煮詰め、ハニーベアーが集めた蜂蜜がたっぷりとかけられた極上の一品。
アイリスの一閃により、断面は滑らかに切断されているため、アイテールによるヒールの魔術式がよく染み込んでいる。
■レアヒレステーキ ~アイテールの魔力漬け~
同じく衛星都市グリーンヴェルム原産の豊かな緑で育ったグリーンバッファローの肉を、とりあえず直火で焼いたパワフルな料理。
焼き加減は知らないが、とりあえず血が滴ってれば回復するだろうというアイテールのそれっぽい知識。
塩を振ればすべて美味しくなると思っているアイリスによる豪快ステーキ。持ち上げると血の池ができている。
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「リンゴは最後にレモンを絞って……」
アイテールが魔力を込めて力を込めると、滴る雫に込められた魔力と共にコンポートがうっすらと発光した。
「アイテール、いつから料理を……」
「えへへ、私、ヒール以外の魔術は全然ですけど、好きな料理に込めれば活かせるかなって……練習してたんです」
頬を紅潮させながらリンゴをそっとフォークで指して、俺の口元へと運ぶ。
「私とアイリスちゃんで作った、元気が出るお料理……です。
必ず、倒しましょう」
……ったく、そこまで言われちゃ、恥ずかしがってる場合でもない。
俺はわずかに口を開けて、アイテールが差し出したリンゴへと食らいついた。
彼女の手から直接流し込まれるヒールと共に、しっかりと飲み込む。
背筋を中心に全身へ広がっていく魔力を感じ、俺は瞳の奥に炎が宿っていく気がした。
【カクヨム】
https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290
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