第25話 クラン黎明の鷲の作戦会議
俺は四人の少女に囲まれていた。
アイリスは今にも涙をこぼしそうな潤んだ瞳でこちらを見つめ、リリィはいつになく鋭い視線を突き刺してくる。
ユウヒは泣き腫らした目で俺の左手を強く握りしめていた。
対になる右手は、アイテールが心配そうにそっと包み込んでいる。
「……すまん、迂闊だった」
寝間着姿のまま、ベッドで上半身を起こしている俺。
四方から注がれる視線は温かさよりも痛烈で、クランメンバーの複雑な感情がひしひしと伝わってきた。
そんな空気をさらに重くしたのは、リリィの冷えた声だった。
「ギリアム様」
「は、はい」
「あれほど、召喚者や信者を見かけても決して深追いするなと仰ったのは――どなたでしたか?」
「あ、ああ……」
ギルド前で彼女たちに忠告した言葉を思い出す。
アベルが攻め込んだ姿に遭遇したとはいえ、結果がこれでは言い訳のしようもない。
「なのに朝帰りの挙句、右腕と左足は感覚がなく、内臓まで損傷しているそうじゃないですか!」
「こ、これには深い訳が……」
だが暗黒騎士の禁忌スキルに身を委ねたなど、言えるはずもない。
この勢いだとスキルの代償を知れば、彼女たちは二度と俺を戦わせまいとするだろう。
「とことん聞かせていただきます。
アイリス様を一晩中、不安にさせた罪を!」
「だ、大丈夫だよリリィ!
こ、こうして帰ってきてくれたんだから……」
「いけません! たとえアイリス様がお許しになっても、私までも眠れぬ夜を――」
そこで言葉を切り、リリィは咳払いして表情を取り繕う。
「な、何か言いたいことは?」
「……悪かった。クランマスターとして、不安にさせた」
頭を深く下げると、リリィは勢いを削がれ、しばし沈黙した。
やがて頬を赤らめて視線を落とし、
「つ、次は……必ず相談してください」
とだけ言った。
「ああ、そうさせてもらうよ」
重苦しい空気を破ったのは、アイリスの明るい声だった。
「それでギリアムおじ様。
結局のところ、そちらのとっても可愛い方は……どなたです?」
彼女がにこやかな笑顔を向けると、アイテールは俺の影に隠れるように身を寄せる。
――このやり取りも、クランハウスに来てから幾度目だろうか。
そろそろ紹介するべきタイミングだ。
「彼女はアイテール。俺の――」
言いかけて、正直に説明すると面倒なことになりそうだと感じた。
その瞬間、アイテールが慌てて口を開く。
「め、姪です。ね、おじさん」
「あ、ああ。偶然、会ってな」
「そうですか?
それにしては……」
リリィの探るような声を遮ったのは、ユウヒのぼそりとした呟きだった。
「……親しげ」
「ええ、距離が近い気がします」
「そ、そうか?
親類なんてどこもこんなもんだろう」
「そ、そうです!」
二人して慌てて笑顔を取り繕うと、リリィたちはじとりとした目で俺を見つめてきた。
「アイテールは優秀な治癒師で、S級クラン『黄金の剣』のクランメンバーなんだ」
「S級クランのお嬢様が、何故ボロボロのギリアム様と偶然お戻りになるのですか?」
衛兵に取り調べを受けているような気分で胃が痛い。
だが、俺もアイテールがなぜあそこにいたのか、理由は分からない。
「そういえば、なんで水路なんかに?」
俺の疑問にアイテールは気まずそうに視線を落とした。
「じ、じつは……ま、迷って……。
だって、ドロシーもいないし、初めての街だし……最近のアベルさんは勢いが凄くて……。
知ってる人の姿を見たら、つい追っちゃうじゃないですかぁ!」
言葉をまくしたてる彼女に苦笑しつつ、俺は静かに頷いた。
「そうか……ありがとうな。
迷ってくれたおかげで、俺はこうして生きてる」
息を吐き、俺は仲間たちを見渡す。
「作戦会議をする。
時間がない」
「時間……ですか?」
窓の外を眺め、リリィが小首をかしげる。
まだ昼前だ、怪訝に思うのも無理はない。
「簡潔に言う。
バフォメットは傷を負った。
だが、奴は回復のため、信者に信者を増やさせ、《《食事》》にするだろう。
だから回復手段を断ち、装備を整えて挑む」
「しょ、食事……?」
アイリスが自分の腕を抱きしめるように身を縮めた。
まあ作戦と言えるほどの内容じゃないしな。
だがバフォメットに小手先の策が通じるか試すよりは、力で押した方が確実だと踏んだのだ。
「ユウヒ。まず街の様子を探ってくれ。
皆との連絡役も頼む」
「承知」
短い返事とともに、ユウヒは影に溶けるように姿を消す。
俺の姿に安心したのか、目元をわずかに拭って微笑んだように見えた。
……というか、出会ったばかりなのに愛が重すぎて怖い。
「俺たちは市民の被害を抑えることで、回復手段を断つ。
それと、聖なる祝福を受けた装備を手に入れる必要がある」
それがあれば完全ではなくても、バフォメットの囁きに抗えるはずだ。
「バフォメットをどう討つつもりですか?」
瞳に「無理は許さない」と言葉以上の圧を込め、リリィが問いただす。
「考えはある。
教会で聖女に依頼しよう」
「……なるほど。
悪魔退治には適任ですね」
「ああ、そうだ」
――だが俺はそこまで期待していない。
悪魔系のモンスターの中でも上位に位置する悪魔なら、やはりもう一度ブラッドメイルを起動するしかない。
「悪いことを企んでる顔だね?」
にししと笑って、アイリスが俺を覗き込んだ。
「あ、いや……そんなことはない」
できれば聖女の力で消滅が理想だが、無理なら俺が封印して魔界に追い返す。
……暗黒騎士絡みの策を説明するわけにもいかない。
「決戦は夜だ。
それまでに出来るだけ奴の回復手段を断つ――!」
立ち上がろうとした瞬間、腕も足も力が抜け、ベッドから崩れ落ちそうになったところをアイリスが支えてくれた。
「無理しないで、ギリアムおじさん」
「くっ、こんな時に……」
「アイリス様、ギリアム様の看病、よろしくお願いします」
リリィはメイド服の襟を整え、きっぱりと前を向く。
「いまこそ、私が前線に出ます」
「え、リリィ、お前……戦えるのか?」
ただの付き添いメイドだと思っていたが、信者を相手取れるとは思えない。
「アイテール様。お時間をいただきありがとうございました。
クランが違うにも関わらず、ご助力に心より感謝いたします」
「い、いえ……!」
「街の空気が変わっています。
ご自分のクランに戻られる際は、どうかお気を付けて」
これ以上、別クランのアイテールを引き留められないと悟ったのだろう。
「今度は紅茶でも嗜みつつ、ゆっくりお話できれば」
それだけ言い残し、リリィは軽やかにクランハウスを飛び出していった。
「……リリィ、本当に大丈夫なのか?」
職業、メイドだぞ。
視線を向けると、アイリスはさほど心配する様子もなく、リンゴの皮をナイフで器用に剝いている。
「もちろん。
だってリリィは、師匠がいない間、ずっと私と組手してきたんだから」
――つまり、それは中の人ともやり合ってるってことか。
それ以上は何も言えず、リンゴの皮がするすると剥ける音だけが、室内にやわらかく響いていた。
【カクヨム】
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