第23話 禁忌スキル
『所詮、暗黒騎士の力は闇より湧くもの。
私を消滅させることは不可能』
バフォメットが手を軽く振るだけで、化け物じみた動きをする信者たちが一斉に襲いかかってきた。
「戦い方を学んだもんでね」
俺が動く間もなく、左腕に絡みついた血液が幾重にも分かれて鞭のようにしなり、自動で信者たちを叩き落とす。
血は冷たく、しかし確かな意志を宿しているかのように動いた。
「あの村では無益な殺生をせざるを得なかった――こいつなら、周りの相手もしてくれる」
『手駒を封じれば勝てると思ったか?』
背中に手を回すと、バフォメットは何故か弓と矢を取り出した。
――そうか、呼び出した肉体の持ち主のスキルも使えるんだった。
『あの時の続きだ、老戦士』
「まだそこまで年老いちゃいないさ」
奴が弓を引くと、矢が雨のように降り注いだ。
空気が鋭く割れ、金属の匂いが一瞬鼻腔を撫でる。
「【ダークシールド】」
血液操作と同時に闇の防御壁を生み出す。
治癒師や付与術師の作る盾とは違う。
生命を削った代償が形になった盾は、どんな攻撃も拒む。
幾何学模様が浮かぶ半透明の障壁が矢を弾き、俺は強く踏み込んだ。
「【ダークスラッシュ】――!」
暗黒スキルの基本、闇を刃のように纏わせて長杖を振り抜く。
一撃は重く、しかし、しなやかだ。
『ぬ――はやい!?』
久々に放った闇の力は背後の壁すら噛み砕き、奥の水路が露出した。
奴は跳躍でかわしたが、闇の残滓が獣の頭部を切り裂いていた。
――カラン。
「その顔、どこかで……」
山羊頭は手で顔を覆う。
覆面の下に潜む顔には見覚えがあった。
長い茶色の髪と、冷ややかに人を見下す瞳。
背負った弓を見た瞬間、記憶が繋がる。
「Dランククラン『進撃の雷鳴』の一人――!」
『呪術飾りを割った程度で喜ぶなよ――【ダークスピア】』
背後から二十本の漆黒の槍が、俺に狙いを定めて飛び出した。
『人にはできぬ芸当だろう?』
並みの暗黒騎士では三本ほどが限度だ。
だがそれは、基礎を蔑ろにした者の話。
「付き合ってやるよ――【ダークスピア】」
俺の背後からも五十本の漆黒の槍が展開し、バフォメットの闇槍を迎撃する。
『質は果たしてどうか――!』
槍は空気を震わせ、死の気配を濃くしていく。
打ち出される一本一本が、冷たい確信を宿していた。
「確かめるがいい。村での罪を背負った力を――!」
あの時、守れなかった村人たちの悲痛な顔が脳裏をよぎる。
無理やり信者にされ、狂信者と化した者たちを狩らねばならなかったあの日の記憶が、胸を抉るように戻ってくる。
狩らざるを得なかったのだ。
「うおおおお!」
負の感情が身体を駆け巡り、漆黒の意志へと変換されていく。
怒りが血となり、血が刃となる感覚。
闇属性の力が熱を帯びずに冷たく膨らんでいった。
『以前より、鋭さを増したな――!
だが、貴様が私に勝てる道理はない』
バフォメットは近くの信者に手を伸ばし、軽く首を掴むと、その者のわずかな魔力を吸収した。
一般人に残る微かな灯火すらも、彼女の糧となる。
『差し出せ、我が子らよ』
今まで俺に襲いかかっていた信者たちが、バフォメットの言葉に踵を返す。
恍惚の表情を浮かべ、すすんで餌の列に並ぶように集まっていく。
「ああ、ありがとうございます。
ここで死ねれば、もう不幸を感じることはない」
「命を食べてください。
神と同一化できるとは喜ばしい限り」
「幸せ幸せ幸せしあわわわわわ!!」
彼らは金や名声、異性、飯、物といった欲を与えられた者たちだ。
悪魔の契約は一時の祝福を与えるが、やがてそれらは剥がれ落ちる。
失った者はさらに幸せを求め、最後には理性を捨てて命を差し出す。
『私の魔力は尽きることがない』
にやりと笑い、バフォメットの放つ闇槍は鋭さを増した。
もはや視線だけで操るのではなく、感覚で飛翔をぶつけてくる。
「くっ……!」
俺も連続してダークスピアを生成して応じる。
内臓に走る痛みが段々と増していくのを感じた。
「ごふぉ……!」
代償を払い過ぎたため、口から血が混じった吐息が漏れる。
――アイテールのヒールが追い付いていない。
彼女の魔力も限界に近いはずだ。
頑張ってはいるが、いつまでも頼るわけにはいかない。
『行け、闇の子らよ。
街で信者を増やし、私に貢げ。
願いを叶えることは人の幸せ――君たちは正義だ』
残った信者たちが一斉に水路から飛び出す。
次の波が街へと押し寄せる瞬間が近い。
「行かせない……もう街を地獄にはさせない……【ダークインパクト】!」
出口を衝撃で潰し、信者たちの進路を塞いだ。
これで大量に流れ出るのは防げる――残った連中は他の冒険者に任せるしかないが、ひとまず街の被害拡大は防げたはずだ。
『これで終いか?
人の身では悪魔に太刀打ちは、やはりできないようだ』
女性の姿のまま、バフォメットは不敵に口角を吊り上げる。
背に巨大な羽が生え、両手を高く掲げて呪文を紡ぎ始めた。
あの詠唱は――【ダークインフェルノ】。
闇の黒炎、魔界の焔を召喚する術だ。
「ふ、その程度の闇しか集められないのか?
狙うならここだ、よーく狙えよ」
俺は自分の胸を親指で軽く叩いた。
そこに宿るのは、あの村の名もなき人々の思いと、自分が背負った罪と誓いだ。
『威勢だけは良い――私もそろそろ街に狩りへと出かけるか!』
彼女が手を振ると、深淵より深い闇の炎が無音で周囲を溶かしながら、龍の如き形で顎を開いて襲いかかってきた。
『死ねえ、おいぼれ!!』
ばくり、と顎が閉じられる。
俺の身体は一瞬にして焼かれ、灰になってしまう。
ボロボロと崩れ去った灰がバフォメットに踏みつぶされる。
『――さあ、茶番も終えた。
進むぞ、我が子らよ』
だが、その直後――【ブラッドメイル起動:モード - チェイン】。
『うぐっ!?』
どす黒い血液の鎖が、バフォメットをぐるりと縛り上げていた。
刃にも弾にも耐える血の鎖が、深淵の悪魔をも閉じ込める。
【カクヨム】
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