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第22話 バフォメットとの対峙

「せいっ――!」


 樫で作られた、ごくありふれた治癒師用の長杖を両手剣の要領で構え、迫りくる信者へ振り下ろす。


 奴らは室内の最奥で魔力を放つバフォメットに操られていた。

 ただの一般市民に過ぎないはずなのに、バケモノに取り憑かれたような異様な動きを見せる。


「はっ!」


 四足歩行で迫る中年男の顔を蹴り上げ、壁から包丁を投げつけてくる主婦を杖で叩き落とす。


「あ、あんな妙な動きをする奴らを、どうやって――!」


 周囲に聖盾を展開しながら、聖騎士の少女が息を呑む。


「関節も骨の動きも、所詮は人間の可動域内だ。

 よく見れば対処はできる」


 ある意味で、今回が鈍器で良かった。

 両手剣を持っていたら命を奪いかねない。


「聖騎士の姉さん、ここは俺に任せて下がってくれ」


「で、ですが……聖騎士は皆を守るのが役目。

 先に逃げ出すなど断じてできません!」


 聖騎士か。

 光の祝福を受けているせいか、暗黒騎士をライバル視する者が多い。

 真面目で良い人間が多いのだが――少しばかり頭が固い。

 それに、俺が暗黒スキルを使えば正体がばれかねない。


「ここにいては正気を失う。

 だが聖騎士のスキルなら、彼らの逃げ道を作れるはずだ。

 ――姉さんにしかできない」


「ならば猶更、助けてくれた治癒師のあなたを置いていくなど……!」


「あー……俺は――」


 暗黒スキルは闇属性。

 だから俺は悪魔の声に魅了されることはない。


「……き、鍛えますんで」


「な、なんと勇ましい……!

 お任せください、紳士の方!」


 作り笑いでごまかしたが、彼女はなんとか納得してくれた。


『夢は現実に』

『願いは貴方(貴女)の手の中に』

『望みは全て叶う』


「やばいぞ、バフォメットも本気だ。

 姉さん、皆を頼む――!」


 その囁きは甘美にして危険。

 聞く者が望む声音と姿をまとい、心を絡め取ろうとする。


「は、はい、紳士様!

 意識のある者は私に続け――【パラディンロード】!」


 掲げられた盾から放たれる聖光が、入り口の扉まで一直線に道を照らす。

 邪なる魂が踏み込めば、その瞬間に魔界へと押し返されるだろう。


「ご武運を――!」


 俺は頷き、信者の群れへと踏み出した。

 後方はもう大丈夫だ。


 そして俺も、全力を解放していい。


「血を捧げてやるよ――【ダークレフトアーム】」


 左腕に噛みつく。

 血が滲み、痛みが喉奥まで響く。

 だがその痛みを糧に、俺は血液を練り、蛇のように腕にまとわせる。

 生きた鉄鎖のように、血が形を得ていく。


 左右と前方から、信者たちがクワや槍を構えて突進してきた。


「ふんっ」


 左腕を払うと、全身の力が一瞬で引き剥がされるような眩暈が襲った。

 だが地面のレンガごと、腕の一振りで舞い上がる。

 信者どもは文字通り吹き飛び、空を切るのは赤い爪の跡だけだった。


「――久々だが、血液操作も扱えそうだ」


 アイテールが必死にヒールをかけ続けてくれているおかげだ。

 流血は止まらないが、自然治癒が追いつきつつある。

 体内で新しい血が生成されるのを、薄い麻酔のように感じた。


「そういえば、アベルの姿がないな……」


 今はそれどころではない。

 信者の群れを割るように進むと、ついに獣の杖を抱えたバフォメットの影が見えた。


『貴方の願いも叶えましょう』


「生憎と叶えてもらいたい願いはない」


『強がりね。

 人は願いや希望があるから明日へ進める。

 ――さあ、心を開きなさい』


 その囁きは甘く、同時に危険だ。

 聞く者の望む声音と姿をまとい、心の隙を探るように絡みついてくる。


『な、なんだと――正気なのか』


「正気さ。それが俺の夢だからな」


 人の夢を覗き、弄ぶなど失礼千万だな。


『たった一度の人生を、気の合う仲間と気ままに冒険して過ごしたい――そんなみすぼらしい欲望があるか?』


「あるんだよ。

 年を取ると、そういうのが悪くなって思うんだ」


『先ほどの若者は、女、金、名声、欲望に飲まれていたのに――いや、待て、この感覚は、過去にも一度……』


 山羊頭は覆面のまま、俺を凝視した。

 その視線の先には、懐かしくて忌々しい記憶が光る。


『そうか、貴様はあの時の暗黒騎士――!』


 運命の巡り合せか。

 どうやらこのバフォメットは、あの村を襲ったあの個体らしい。


「いや、もう一つの夢が叶ったってところだな――」


 拳が音を立てて鳴った。

 知らず知らず力が籠もるのを感じる。


「今度は追い返すだけじゃ、済まない」


 あのときの自分とは違う。

 こいつを斬るために、俺はあれから鍛えた。

 心の底で、刃を振るう理由が冷たく燃えている。


『忘れもしない、年老いた――たった一人の人間に追い返されたこと。

 あの屈辱を晴らすため、召喚に何度応じたことか――!!』


 山羊の咆哮が室内を揺らした。

 だが声の奥にあるのは怒りだけでなく、飢えと憎悪の匂いだった。

【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290

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