第21話 天使アイテールと聖騎士エメラダの答え
「ここで戦闘を始める気か……!?」
黄金騎士アベルを先頭に冒険者たちが武器を手に走り出していた。
教団側も民間人に見えていたが、素人とは思えぬほどの身のこなしで戦闘へと身を投じた。
「あの教祖がバフォメットか――!」
隙間から見える山羊頭を被っている人物は、祭壇の奥で獣の骨で作った杖を手にしている。
全身から駄々洩れる闇が、現世でも視認できるほど濃い。
「信者たちを強化して操ってやがる……!
くそ、これじゃあの時の二の舞だ」
「あの時……?」
アイテールが俺の腕にしがみつきながら首を傾げた。
「アイテール、俺は今から冒険者たちを逃がす。
だが、今の俺には暗黒装備がない。
だから頼みがあるんだ」
追放されたオッサンが過去のクランメンバーにお願いするのも申し訳ないが、今頼れるのはアイテールしかいなかった。
迷惑をかけることを知っているので俺は強く頭を下げた。
「頭を上げてください、ギリアムさん」
アイテールが優しく俺の白髪を撫でる。
「助けるのは当たり前じゃないですか、何をしたらいいですか」
あんなにも気弱だった少女は、杖を取り出してしっかりとギリアムを見据えている。
「ありがとう、アイテール。
バフォメット相手に全員を逃がすには暗黒スキルを全力で使う必要がある。
だから俺にここからヒールを掛け続けて欲しい」
「そ、それだけでいいんですか?
補助魔術とか……」
「ああ、それだけで十分だ」
他の魔術を頼むとアイテールの負担が増えるし、アベルに目を付けられたら迷惑をかけてしまう。
「じゃあ、突撃するから隠れてるんだぞ。
危なくなったら、俺のことは気にせず逃げろ、絶対に」
「う……わ、分かりました。
で、でも、絶対に私が守りますから」
胸に沸き上がる頼もしさを感じて、俺は隙間へと手を向ける。
そして、衝撃属性の【ダークインパクト】を放った。
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山羊頭の教祖は細身で男か女かも分からない。
理解できるのは、既に中身はバフォメットだということだ――聖騎士エメラダはそう理解していた。
『貴方(貴女)の願いはなに?』
少女のようで老人のようで。
赤子のようで老婆のような声が脳内に響き続ける。
『貴方(貴女)の願いはなに?』
聖騎士であるエメラダは闇耐性を備えているので、簡単に悪魔の仲間に落ちることはない。
けれど、他の冒険者はどうだ。
「この声に応えてはいけません!
思い浮かべるだけでも、支配されます!!」
「う、うあああ!!」
悪魔の囁きに心の中で応えただけで、戦士は剣を地面に落として、動きを止めた。
隙を見せた瞬間、信者たちが次々と飛び掛かり、冒険者を麻袋に詰めてしまう。
引きずられてどこかに連れていかれるが、きっとその先は――洗脳か死。
「劣勢です、マスター、撤退するべきです!」
「撤退だと! お前は情勢が分かっていない、バフォメットは目の前じゃないか!」
「ですが、他の方が――!」
「何のための聖騎士だ、お前が悪魔との攻防のリズムを取るのが本来の仕事だろう。役立たずに変わって、俺が取ってやってんだぞ!」
アベルが身につける黄金鎧は、アクアヴェルムの領主ロイズが準備した対悪魔用の至高の一品だった。
悪魔の囁きは聞こえず、闇耐性を持ち、黄金剣は闇を切り払う。
しかしそれは、自分一人しか守れない。
「うう、やります……やってやりますよ!!」
混乱する戦場のさなか、聖騎士を侮辱されたエメラダはついに切れた。
辺りで次々と冒険者が理性を失い、誘拐が繰り返されている。
上司は戦況が全く見えず、目立つことばかりしか考えていない。
「うあああああああ!
【パラディンシールド】!!」
盾を掲げるとエメラダの周囲に祝福を受けた魔術の盾がいくつも生まれる。
「こ、これは……」
声を振り払おうと頭を叩いていたシーフが顔を上げた。
聖なる盾が邪な声を防いでいるのだ。
「は、早く逃げなさい、そう長くはもちません!」
十数人分の盾を同時に召喚して、上位悪魔の精神攻撃に耐え続ける。
そんなことができるはずがない。
――私にできるのは、ほんの数秒。
ロイズ氏から新たな聖鎧と盾だから出来る芸当だが、限度がある。
「やれるなら早く攻撃もしろよ!
指示を与えないと何にもできないのか?」
――うるさい、うるさい。
いつも口だけで、何を言う!
『貴方(貴女)の願いはなに?』
「聖騎士ってのはその程度か?
暗黒騎士の方が、まだマシだったのかもしれないな」
――暗黒騎士の方がマシ?
それは絶対にない、絶対に。
聖騎士として、闇の力を利用する者を認めるなんてできない!!
「顔と身体だけが良い女ってのは、楽なもんだな。
でも俺はクランマスターだから、厳しくても言ってやらねぇとなあ!
《《言われないと動けない癖は、治せよ》》!」
立ち向かってくる信者が足元に倒れ、アベルにエメラダを見ていつものように、気持ち悪く笑う。
『貴方(貴女)の願いはなに?』
もう自分では止められないほどの熱が足元から背筋を駆け上り、クランマスターを睨みつけた。
「私の願いは、私の願いは、アイツを、アベルを黙らせ――」
『貴方(貴女)の願いを叶えてあげ――』
しまった、と思ったときにはもう遅い。
エメラダの背後に誰かが立っている。
振り向かずとも分かる、それは優しく、抱きとめてくれる。
私をずっと理解してくれる。
ああ、身をゆだねて……。
「うおおおおおおらあっ!!」
「えっ!?」
地の底から込み上げる野太い声にエメラダは意識を取り戻す。
背中にあった心地良いぬくもりは消え、戦場のピリピリとした感覚が肌を焼いた。
「大丈夫か、そこの聖騎士の姉さん!」
エメラダが振り返ると、変哲もない治癒師の長杖を、器用に振り回しながら、武道家のように構えている40代のオッサンが勇ましく信者を殴り倒していた。
【カクヨム】
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