第2話 王都からの旅立ち
「こんなもんでどうだい、ギリアム」
道端で美容室を開いているオヤジが鏡を見せる。
首筋で結わえるほどあった長い髪は、今や爽やかな短髪に変化した。
無精髭も剃られ、眉毛は整えられて10歳は若返った気分だ。
「その白髪は染めるかい?」
「いや、これは俺の代償だから気にしなくていい。
いつもありがとな、オヤジ」
「本当にこのグランヴェルムから出てくのかい?」
「暗黒騎士として顔を知られてるからな、遠くの街から再出発しようと思ってる」
そもそもグランヴェルムの冒険者ギルドで、仕事を受けようとしたら受付嬢に『紹介できる仕事はありません』の一点張りだった。
仲の良い職員の話では、アベルが『暗黒騎士のオッサンは仕事をサボる』とか『仕事を回したら、二度と大きな仕事は受けてやらねーぞ』とか言いふらしているらしい。
アベル=ウィング率いるS級クラン『黄金の聖剣』は、王都グランヴェルムでは新進気鋭のクランとして名を馳せているから、発言力も大きく、受付嬢も従うしかなかったのだろう。
「そうか……寂しくなるな」
「なに、近くに寄れば顔を出すさ」
イメージが悪い暗黒騎士として王都でやっていくか、別の街に行くか悩んでいたところだが、アベルのおかげで旅立つ決断ができた。
結果的に良かったと考えよう。
「じゃ達者でな、美容師のオヤジ」
俺は布の服に身をまとい、ただの弱そうな旅人のオッサンにしか見えない。
手荷物はもしもの時のために貯めておいた路銀程度。
「お互い頑張ろうな、冒険者のオッサン」
オッサン同士の会話に俺は片手をあげて応えた。
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王都グランヴェルムを発って乗合馬車に揺られ、いくつもの村を経由して六時間。
辿り着いたのは、寂れた小さな村だった。
御者が「ここで一時間休憩」と声を上げ、俺は馬車を降りて大きく伸びをする。
長時間座りっぱなしは腰にくる……これも中年の宿命か。
他の中年客も同じように背を反らし、若い商人や冒険者たちは元気よく村の散策へ。
「こんな所に村なんてあったのか」
「おかしいな……数日前までは普通に人が暮らしていたはずなんですが」
若い御者が首を捻る。
だが目に映るのは、荒れ果てた畑、壊れた水車小屋、そして朽ちた民家。
王都から遠く離れた辺境では、何があっても情報が届くのに時間がかかる。
――その時。
肌を刺すような視線。
見られている。
思わず背に手を回すが……そこにあるはずの巨大な両手剣は、空を切るだけだった。
そうだ。アベルに返してしまったんだったな。
「う、うわああああッ!!!」
突如上がる悲鳴に不安が現実に変わる。
民家から飛び出したのは、血まみれの腕を押さえた冒険者。
恐怖に顔を歪め、必死に逃げてくる。
「こ、この村……ゴブリンに占領されてるッ!」
直後、民家から躍り出る緑の小鬼。
子どもの背丈ほどの体に草木を纏い、小さな刃物を握った低級モンスター――ゴブリンだ。
別の家からもぞろぞろと姿を現す。
「くっ……やるぞ! ゴブリン程度なら――!」
負傷した冒険者が肩を押さえつつも剣を構える。
だが、次の瞬間――ストン、と地面に突き刺さった矢。
「ひっ……弓持ちもいるぞ!」
視線を巡らせると、若き冒険者たちの胸元には、冒険者ギルド共通のエンブレム。
そこに刻まれたランクは『F』――最底辺だ。
駆け出しどもじゃ、数で押されてひとたまりもない。
……ならば、ここはオッサンの出番か。
若造を守るのも、年長の務めというものだ。
「【ダークヒール】」
俺は馬車から少し離れた場所で、小声で呟いた。
暗黒騎士のスキルだと知られれば、若者たちの士気を削ぐだけ。
だから正体は伏せる。
己の生命力を削り、流血する冒険者の傷を閉じる。
「お、おお!?
治癒魔法……あ、ありがとうございます、オジサン!」
駆け寄ってきた青年の目が感謝で輝いていた。
アベルの下では誰からも礼を言われなかった俺にとって、その言葉は胸に沁みる。
「行くぞ、クラン『疾風の狼』の初陣だ!」
若者の掛け声とともに、片手剣士、魔術師、シーフが勢いよく飛び出す。
だが初陣ゆえ、連携はぎこちない。
足も震え、剣の切っ先は定まらない。
「【ダークシールド】」
矢が飛来するのを見て、闇の障壁を張ってやる。
冒険者の剣がその隙を突き、ゴブリンを一体仕留めた。
「や、やったぞ!」
歓喜の声。
だが――屋根の上から女魔術師に狙いを定めるゴブリン弓兵。
彼女は詠唱に集中していて気付いていない。
「【ダークコンセントレーション】」
闇の力で集中力を増幅させる。
直後、彼女の放った【ファイアアロー】が正確に飛び、敵を貫いた。
「……あ、当たった! 初めて……!」
その後も影から支援を続け、若者たちは何とかゴブリンの群れを退けた。
俺たちを乗せて馬車はすぐに村を離れ、全員で胸をなで下ろす。
「ありがとうございました!」
「オジサン、治癒師だったんですね! 回復も支援もできるなんてすごい!」
クラン《疾風の狼》の面々が興奮気味に俺を囲む。
「いや、俺なんてまだまださ。
……ところで治癒師はいないのか?」
命を削る暗黒スキルは腹に響く。
空腹を堪えつつ問い返すと、クランの若者が苦笑した。
「ええ、まだ探している最中で……。
あ、オジサン、もし、どこのクランにも所属していないなら――」
俺は首を横に振る。
S級エンブレムも、もう王都に返してある。
「気持ちは嬉しいが……俺には夢がある。いつか自分のクランを立ち上げたいんだ」
「そうだったんですか――なら、いつか一緒に肩を並べましょう!」
「ああ、期待してる」
差し出された手を取り、若きリーダーと固く握手を交わす。
素直で爽やかな奴だ。
こういう冒険者が増えるのなら、未来は明るい。
ひとしきり語り合った後、俺は馬車の座席に身を預けて目を閉じた。
その時――隣に座っていたフードを深く被った人物が、静かに身を寄せてくる。
そして、耳元に囁かれた。
「……私はグランヴェルムの第三王女。どうか、このまま聞いてください」
【カクヨム】
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