第19話 ギリアムの過去とバフォメット
ギリアムは今でこそ白髪だが、本来は黒髪だった。
それは『黄金の剣』がまだSランクではなく、Bランククランだった頃の話である。
当時、彼らは辺境の村で怪しい魔石取引の調査クエストを請け負っていた。
魔術師教会が管理する正規ルートではなく、裏流通する魔石の調査だ。
『奴が黒幕……あの山羊のシンボルは邪教グノーシア教団。
証拠も揃った。あとは教会に報告して任務完了だ』
物陰に潜みながらギリアムがそう告げると、アベルが不満げに首を振った。
『は? 依頼通りに報告だけで終わらせる? そんなの二流のやることだ。
本物のS級は、それ以上の功績を掴むんだよ』
『これはあくまで下準備だ。
下手に動けば異教徒を刺激し、この村で悪魔召喚が行われるかもしれん』
『――いいんだよ、それで』
月光に照らされたアベルの顔は、不気味に歪んでいた。
『異教徒が無理やり召喚した悪魔を退治する新進気鋭のクラン。
最高の筋書きだろ?』
『……村を犠牲にするつもりか』
『犠牲? 違うさ。偶然ってやつだ!』
次の瞬間、アベルは物陰から飛び出し、異教徒に突進した。
驚いた異教徒は「冒険者に尾けられていた!」と叫び、慌てて逃走する。
――だが、その刺激は致命的だった。
ほどなくして村には、バフォメットが召喚されてしまう。
『きゃああああああ!』
『た、助けてくれ! く、喰われる!!』
『この子だけは……どうか、この子だけは!』
『誰か! 誰かいないのか!!』
屈強なクランメンバーたちですら手も足も出ず、アベルも早々に撤退。
残されたギリアムだけが村を駆け巡り、人々を避難させ続けた。
『――早く! その子を抱いて逃げてください!』
暗黒騎士のスキルは強力であるほど、必ず代償を伴う。
当時の彼の力量ではバフォメットを討ち切ることはできず、最後の手段――【禁忌スキル】を発動し、辛うじて魔界へ追い返すのが精一杯だった。
『あ、ありがとうございます……ですが、その髪色……』
『怪我がないなら、それでいい。
……村を守り切れなかったこと、本当に……いくら謝っても足りない』
だが後日、この事件はアベルによって巧妙に脚色され、噂として広まった。
その結果、領主の支援を獲得し、『黄金の剣』は一気にSランククランの道を駆け上がっていく。
一方で、村を救えなかった悔恨はギリアムの心に深く刻まれた。
その痛みこそが、彼をより強き暗黒騎士へと鍛え上げていったのである。
「……二度と、悪魔召喚はさせない」
白髪となった髪を撫でながら、ギリアムはアクアヴェルムの街を奔走していた。
滅亡しかけたあの村は、彼が稼いだ報酬を定期的に送金したことで復興を果たした。
それでも――あの日背負った罪が消えることはない。
「だが、今の俺でバフォメットを討てるのだろうか……」
暗黒スキルを使わなければ、バフォメットを追い返すことはできない。
だが新たなクランメンバーたちに正体を知られれば――。
『四十代のオッサン、しかも暗黒騎士なんて、イメージ最悪だろ?』
「ぐっ……」
アベルに追放された記憶はまだ鮮明だ。
アイリスやリリィ、ユウヒが暗黒騎士だからといって拒むとは思えない。
だが正体を打ち明けられるほどには、まだ傷は癒えていなかった。
それに冒険者になったばかりの彼女たちを、悪魔と対峙させるわけにはいかない。
「俺一人で、討滅するしかないか……」
せめて暗黒騎士の装備さえあればと思うが、無いものは仕方がない。
不人気職業ゆえ装備も少なく、さらに特殊な祝福を受けねば扱えないため、簡単には手に入らないのだ。
「魔石のここ最近の入荷状況? 特に変わらんなぁ」
魔術師素材屋の親父が顎を撫でる。
「他の国からの輸入品で妙なものか……それらしいのは見てないな」
港のオッサンは馬車に荷物を積みながら答えた。
「怪しい団体?
酒場にゃ大体怪しいやつが溢れてるぜ」
酒場のマスターが剥げ面の冒険者たちを指さして笑う。
バフォメットを召喚した形跡が見つからない。
だが討伐クエストが出てるのだから、召喚した痕跡や関係者は必ずいるはずだ。
「くそ、何故いない……」
脳裏を過るのは燃え盛る村。
助けを求める村人、子どもを抱いて泣き叫ぶ母親――。
あの日の光景が、再び胸を締め付ける。
魔石は必ずどこかで動いているはずだ。
密輸、潜伏、そして生贄。
なのに誰も目撃していない。
まるで街全体が、闇に覆い隠されているかのようだ。
「いや……泣き言は後だ。
まずはやれることを――」
そのとき、視界の端をよぎるものがあった。
水路をゆっくりと進む一艘の小舟。
積まれた木箱の一つがわずかに揺れ、大量の野菜が見え隠れしていた。
「……水路、か」
陸でも海でもなく、街を縦横に走る水路。
冒険者も兵士も滅多に踏み込まないその網目は、確かに格好の隠れ場所だ。
「そこのおっちゃん、船を一つ貸してくれ!」
脇道で休んでいた船頭に声をかけ、ギリアムはすぐさま小舟に飛び乗る。
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――その背後で、誰かの小さな影もまた、水路を覗き込んでいた。
二つ結びの栗色の髪。
治癒師の娘、アイテール。
彼女は必死に胸を押さえながら、小さな足でこっそりとギリアムの後を追っていた。
【カクヨム】
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