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★第18話 アベルと領主と領主の娘

 領主邸宅は気品に満ちていた。

 白を基調とした大理石の壁面には、名工の手による繊細な装飾が施され、庭には彫刻が立ち並ぶ。


 鋼鉄の門を抜けて進むと、中庭で紅茶を嗜む少女の姿があった。


「おお、アザレア様。ご機嫌麗しゅうございます。

 相変わらずの美貌、拝顔するだけで光栄の至り」


 恭しく一礼するアベル。

 その大仰な身振りに、エメラダは何度吐いたか分からないため息をこぼした。

 それでも彼女は胸に手を当て、礼儀正しく一礼する。


「アベル=ウィング様、お久しぶりです。

 それにエメラダも変わりなくて何よりです」


 金模様のティーカップをそっと置き、アザレア=ミストヴェールは微笑んだ。

 その姿はまさに水の女神。

 家系特有の水色の髪が、風に揺れて波のように煌めく。


「それで本日はどのようなご用件でしょう?」


「領主様のクエストに、我ら『黄金の剣(エクスカリバー)』も参加することになりまして、まずはご挨拶をと」


「まあ……ご参加なさるのですね。お気をつけください。

 エメラダが共にあるなら安心ですが」


「お任せください、アザレア様」


「そ、そうですね。しかし――アザレア様。

 私の剣の前では悪魔すら恐れ戦き、次の朝日を見ることもできませぬ」


「……ええ、期待しております」


「もしよろしければ、この後お食事でも――」


 アクアヴェルム随一の美女と称えられるアザレア。

 歩けば人々は振り返り、他国からの贈り物や賛辞すら絶えない。


 そしてアベルもその一人であった。


 清楚な衣装越しにも分かる豊満な胸、引き締まった腰から伸びるしなやかな脚。

 まるで天界から舞い降りた女神。


 ――彼女を妻に迎えれば、領主の庇護も得られる。

 そして、こんな女を隣にはべらせられるなんて……考えるだけで堪らねぇ!


「お誘いありがとうございます。

 ですが残念ながら予定がありまして……また改めて」


「いやはや、では次こそ。

 悪魔討伐の勲章を、美しきアザレア様に捧げましょう」


「楽しみにしています」


 にこやかに微笑むアザレア。

 その一言だけで、アベルはだらしなく頬を緩ませ、屋敷の奥へと消えていった。


 アベルが去ったあと、アザレアは冷めた紅茶を口に含む。

 本来なら不快なはずの冷めた味も、あの男が消えた後では妙に心地よく感じられた。


「はあ……」


「本日はお部屋へお戻りになりますか?」


 控えていたメイドが、彼女の気疲れを察して声を掛ける。


「いえ……彼のことではありません。

 毎度、上辺だけの言葉を並べられるのはうんざりですが……」


「では、何が?」


 アザレアは子供のように唇を尖らせ、頬を紅葉色に染めた。


「今日も――あの方がいらっしゃらなかった」


「あの方、ですか……ああ」


 合点がいったように、メイドは小さく頷く。


「いつも漆黒の鎧に身を包み、落ち着いた物腰。

 優しい声音、歴戦の重みを感じさせる逞しい横顔……」


 アザレアは自らの身体を抱き、何度も身をくねらせた。


「私のナイト――ギリアム様。

 もう、二度とお会いできないのでしょうか」


++++++++++++++++++++++++++++++


 アクアヴェルムの領主、ロイズ=ミストヴェールは、アザレアの父と聞けば誰もが納得する整った顔立ちの紳士だった。


 互いに挨拶を済ませ、一週間前に報告されたバフォメットの件を一通り話し終えると、ロイズは柔らかな視線をエメラダに向ける。


「それでどうかな、エメラダは上手くやっているかい」

「はい、この度はありがとうございます、領主様」


 ――上手くやっている、とは。

 少なくともアベルを殴り倒さずに済んでいる、という意味では正しい。


「孤児であった君が支援を受け、聖騎士となり、いまやS級クランで民のために剣を振るっている……私は誇らしいよ」


 エメラダにとってロイズは、ただの恩人ではない。

 孤児だった彼女を支え、本当の娘のように接してくれた父のような存在だ。

 時に厳しく、時に優しく――その恩を忘れることは決してない。


「昔から勢いのあるアベル君のクランにも期待している。

 これからも皆のために剣を振るってほしい。私も支援を惜しまないよ」

「本当ですか! 助かります!」


 ロイズは若者の支援を好む性格だった。

 数年前、偶然路頭に迷っていた『黄金の聖剣(エクスカリバー)』を見つけてからは、武器や防具、さらには資金面でも援助を続けてきた。


「それで……頼みにくいんですが。

 実は先日、メンバーの総入れ替えがありまして。

 僕は止めたんですけど、結局残ったのは若い女性ばかりで……」


 アベルは悔しげに拳を握りしめ、今にも涙がこぼれそうな表情を浮かべる。


「僕が若く未熟なばかりに……舐められてたんですかね。

 ですが、だからこそ、この子たちを守りたい。

 そして伝説に残るクランにしたい。

 そのためには……」


 ちらりと視線を上げると、ロイズは目元を押さえ涙を堪えていた。


「そうか、やはりアベル君は苦労人だな。

 私も数々の苦労を経験したから、よく分かる。

 頼みにくいのは当然だ。しかし遠慮はいらない。

 弱き者の剣として、存分に振るうがいい」


「やった! 本当にありがとうございます!」


 横でエメラダが鋭い視線を向けるが、アベルはどこ吹く風だ。


「実は立ち寄ると聞いて、バフォメット討伐のために最新装備を手配しておいたのだ。後でいつもの店に寄るといい。もちろん、彼のために最高級の両手剣と暗黒鎧も準備してある」


 ロイズは目を輝かせ、拳を固く握った。

 そこにいるはずのない暗黒騎士の姿を思い浮かべて。


「あ、ああ、アイツなら……オッサンだし、暗黒騎士ってイメージ悪いですし――」


「アベル君。初期からクランを支えてきた彼は今も健在だろう?

 あの黒鎧の着こなしは実に見事でね、私も彼が新しい鎧を身に着ける姿を楽しみにしているのだ」


 アベルの言葉を遮るように、ロイズは興奮気味に拳を握りしめる。


「まさしく中年の星!

 ――で、何か言いかけていたようだが……ギリアム君はどうしたんだい?」


「あ、ああ、それは――今日はエメラダがどうしても挨拶したいって言うもので彼は留守番でして――な!」


「え、ええ……」


「残念だな。最近、美味しかった料理の話でもしたかったんだが」

「い、いっときます! じゃ、僕たちはそろそろ――!」


 エメラダを置き去りにするように、アベルは逃げ出す勢いで部屋を飛び出していく。


 その背中を見送りながら、エメラダは苦笑を浮かべ、ロイズに微笑み返すことしかできなかった。

【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290

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