★第17話 アベルが到着した冒険者ギルド
アベル=ウィング一行は衛星都市アクアヴェルムに到着すると、真っ先に冒険者ギルドへと足を運んだ。
本来なら王から密命を受けているため立ち寄る必要はない。
だが数日滞在する以上、S級クランにふさわしいクランハウスを確保するためには、ギルドの協力が不可欠だった。
「あれは……胸の黄金剣の紋章――『黄金の剣』じゃないか!」
「聖騎士のエメラダが加入したって話だぞ。
あの伝説の『クロノ・クロノス』の再来が本当になるかもしれん!」
「攻防一体、隙がない。
マスターもだが、支えるメンバーも優秀らしい」
「最近はメンバーも若返って勢いが増してるそうだ」
冒険者たちの羨望と称賛の視線が突き刺さる。
アベルは鼻を膨らませつつも、さも無関心を装い、掲示板に貼り出された手配書へと目を向けた。
「ふむ……バフォメット討伐か」
わざとらしく声を漏らし、背後の聖騎士エメラダ、治癒師アイテール、魔術師ドロシーへと振り返る。
「過去に討伐したこともある相手だ。
百万ゴールドとは安い報酬だが――」
『討伐したことがあるだと……?』
『さすがアベル率いるクランじゃないか』
『あれほどのクランだと、この報酬じゃ安いのかよ……』
――と言っても、あの時は、珍しく暗黒騎士のオッサンが、魔界に追い返したんだが。
内心ではギリアムを思い出しても表情には出さず、アベルはにやにやと笑い、手を挙げる。
ざわめいていた広場が静まり返る。
S級クランマスターの反応を、一同が固唾をのんで見守っていた。
「安心するがいい!
王都より、我ら『黄金の剣』が到着した!
この事件、すぐに終息するだろう!」
大仰に両手を掲げ、群衆へと高らかに宣言する。
まるで領主にでもなったかのような口ぶりだ。
「マスター。肝心の《《別任務》》はどうするおつもりですか」
冷ややかに問うエメラダ。
その言葉が示すのは――王から受けた偽聖女暗殺の密命である。
アベルはその視線もため息も気に留めず、芝居じみた仕草で肩をすくめた。
「ふはは! まずは民の命が最優先だ!
我らは何のための剣か? 貧しき人々を守る剣である!」
『さすがS級クランだ!』
『頼んだぞ、アベル様ー!!』
指笛や歓声が飛び交い、喝采が広場を揺らす。
アベルは両腕を広げて群衆をさらに煽った。
「聞け! 俺は伝説の『クロノ・クロノス』を超える!
君たちはその目撃者になるのだ!」
そしてメンバーに向かって目配せする。
「さあ、すぐに行け!」
「……どこへ行けと?」
エメラダが呆れたように首を振る。
相変わらず大雑把な指示だ。
「あ、あわわ……ど、どうしようドロシー……」
困惑するアイテールの手を、ドロシーがそっと握り、小さく頷いた。
誰一人、マスターの意図を正確には理解できていない。
「ギリアムさんが居なくなってから、なんだか……分からないことが増えた気がするよお……」
アイテールの嘆きは的を射ていた。
これまではアベルの強引な命令を、ギリアムが咀嚼し、分かりやすく伝えてくれていたのだ。
その《《翻訳者》》を失った今、ただ暴走するマスターの声だけが響いていた。
「我がクランは少数精鋭――」
言葉を濁しつつも、その瞳は『早く悪魔を探してこい』と訴えている。
「アイテール、ドロシー。
聖騎士は悪魔退治に優れています、安心してください。
いいですか、悪魔が動くのは夜です。
今はまず、各自分かれて召喚者や信者の情報を探しましょう」
エメラダが冷静に指示を下す。
「わ、分かりましたエメラダさん! いこう、ドロシー!」
二人が駆け出そうとした瞬間、アベルがさらに睨みを飛ばした。
少数精鋭と告げたのだから、綺麗に散れ――そう言いたいのだろう。
――ふ、ふええ……。
こんな大きな街、一人で歩いたことないのに……!
涙目になりながらも、アイテールは長杖を強く握りしめ、小動物のように人込みの中へ消えていった。
「では、私も参ります」
「待てエメラダ」
歩き出すエメラダの肩を無理やり掴む。
「アクアヴェルムに着いたんだ。
まずは支援者に顔出しする、着いてこい」
「私の同行は不要かと思いますが」
「お前がいた方が何かと都合が良いんだよ。
支援者――領主が、お前を俺たちに紹介したんだから」
「……分かりました」
エメラダは今日何度目かの溜息を吐いた。
――領主様の紹介じゃなければ、私もこのようなマスターの元で、と考えたが彼女は頭を振った。
聖騎士ならば環境に言い訳せず、状況に対応していくべきだ。
――アイテール、ドロシー、少しばかり二人での調査になるが、頼みます。
後ろ髪を引かれる思いで、エメラダは陽気な足取りのアベルの後を追った。
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