第16話 緊急クエスト発生
「すごい人込みだな」
アクアヴェルムの冒険者ギルド前は、路地を埋め尽くすほどの戦士や魔術師でごった返していた。
「掲示板に集まってるみたい」
アイリスは背伸びして覗き込もうとするが、彼女の背丈では人の頭しか見えず、ぴょんぴょんと跳ねている。
「ギリアム様、見えますか?」
リリィが背の高い俺を見上げてくる。
こういうとき、身軽なユウヒがいれば助かるが、彼女はクランハウスの守人として留守番中だ。
「ええっと、なになに……」
冒険者たちの頭越しに目を細め、貼り出された紙を読み取る。
「緊急クエスト――衛星都市アクアヴェルムに潜伏するモンスター討伐、だってさ」
「街中にモンスター……迷い込むことがあるんですか?」
アイリスが口元に指を当てて首をかしげる。
「あまりないが、続きは……領主からの至急依頼のため、ランクに関わらず全員参加可能。報酬は――百万ゴールド」
「ええ、百万!?」
俺たちは思わず息をのむ。
S級ランクでも滅多に出ない額だ。
どうりで、広場がざわめきに飲まれているわけだ。
欲に駆られた瞳と、恐怖に震える顔。
その対比を眺めながら、俺は心の底でため息をつく。
報酬は魅力的に違いないが、命がいくらあっても足りない相手だ。
「それほど危険、なんですよね」
「相手を知れば、報酬は少ない方かもな。
討伐対象は――史上最悪の悪魔バフォメット」
「バフォメット?」
アイリスが頭をさらに傾けると金の髪が揺れる。
「厄介な相手だ。
悪魔属性の親玉みたいなモンスターで、信仰を広めながら人を虜にしていく。
……潰された村もいくつもある」
暗黒騎士時代に手合わせしたことがあるが、人口の多い街で相対するのは初めてだ。
「召喚者は既にバフォメットに身体を貸してるかもな……。
なら、俺たちも参加するしかない」
「うん! 街は守らなきゃ。
クランハウスもあるしね!」
アイリスが剣に手を当て、大きく頷く。
「私も賛成です」
リリィも穏やかに同意した。
「意見は一致だな。クエスト登録は不要だ。すぐ動こう。
ただし悪魔が活動するのは夜が多い。
まずは召喚者を探すのが先決だ」
「分かりました。では、私とアイリス様で組みます。
ギリアム様は……おひとりで?」
まあ、二人はセットだろう。
悪魔や悪魔に取りつかれた人間は口が非常に達者だ。
純粋なアイリス一人では、簡単に騙されてしまうかもしれない。
リリィがいてくれれば心強い。
「ああ、二人とも気を付けてな」
俺は頷いた。
「もし召喚者や信者を見つけても、深追いするな。
悪魔召喚に手を出す人間は、大抵まともじゃない」
「わかりました!」
「承知です、アイリス様、行きましょう!」
二人は走り出し、やがて人込みに消えていった。
「……ん?」
そのとき、ふと目に留まる影があった。
どこかで見たことのある姿。
いつもおどおどして、よく相方の魔術師と手を繋いで歩いていた治癒師の少女。
栗色の髪を二つ結びにして、まだ幼さを残した顔。
成長途中の彼女を、俺はよく支えてやったものだ。
「まさかな……アクアヴェルムにいるはずない」
長杖を抱きしめるように歩いていた少女も、人込みの中に溶けて消えた。
俺は小さく息をつき、悪魔召喚者を探すべく、商店の立ち並ぶ大通りへと足を向けた。
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「ありがとう、ダークエルフのお姉ちゃん!」
修道服の上に擦り切れたローブを羽織った少女は、空腹を隠しもしないまま、まん丸のパンにかぶりついた。
獣のように食べる姿は痛々しいほどだった。
「気にしないで。
私の大好きな人が作ったパンだから……食べてもらいたい」
「へええ。お姉ちゃんの好きな人は、料理が上手なんだね」
少女は王都グランヴェルムから命からがら逃げ出し、辿り着いたのが衛星都市アクアヴェルムだった。
追手が街中に潜んでいるため、店に入って食事を取ることすら危険で、ずっと腹を空かせていた。
だが今日は何故か多くの冒険者が町中を駆け巡っているので、身を隠して行動しやすかった。
「どうして、家を覗いてたの?」
ユウヒが問いかけると、少女はパンを咀嚼しながら器用に答えた。
「美味しそうな匂いがしたから――じゃなかった。
ここに、悪魔に魅入られたオッサンが入っていったように見えたんだよ!」
「悪魔に魅入られたオッサン……?」
もしそんな存在が本当にいたなら、ユウヒの短剣は迷わずその首を落としていただろう。
彼女にとって、人を斬るか悪魔を斬るかは大差ない。
ただ主のため、迷いなく刃を振るうだけだ。
「ここにはいない」
「そうなんだ……じゃあ、どこに行ったんだろう。
あのまま放っておくと仲間を増やして危険なのに……」
少女は最後のひとかけらを名残惜しそうに見つめ、口へと放り込む。
「ありがとう、綺麗なお姉ちゃん!
元気出た、私は行かなきゃ!」
「行くって、どこへ?」
ユウヒが首を傾げると、少女は唇の端だけを持ち上げ、不思議な笑みを見せる。
それは笑っているようにも見えるが、自分を奮い立たせて無理に笑おうしているようにも見える。
彼女の胸元ではアクセサリーにしては大きい金色の十字架が、妙な輝きを放っていた。
「あの悪魔だけは――私が魔界に追い返す」
感情のない声。
病的なまでに強すぎる信念が、先ほどまでの幼き姿を消し去っていた。
【カクヨム】
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