★第12話 アベルたちの新たなクエスト
ギリアムが決闘を控える少し前――時と場所は王都グランヴェルムへ遡る。
S級クラン『黄金の剣』のアベルは、玉座の間の中央で冷汗を流していた。赤い絨毯を凝視し、目を逸らすことしかできない。
「……して、言い訳は他にあるか?」
玉座の間に、低く重たい声が響いた。
両脇に控える衛兵は全身鎧に包まれたまま微動だにせず、その冷ややかな視線さえ、アベルの心を削る。
玉座に座すはヴァルヴァリアス王。
二メール近い巨体を持ちながら、その顔には人を測るような理性的な光が宿っている。
強者の余裕――だがそこにあるのは慈悲ではなく、失敗者を値踏みする冷酷な現実主義だった。
「えーっと、ですからですね。サイクロプスが、昔よりも強くなってまして……あれは強化種だったんじゃないかと、あはは……」
乾いた笑いで誤魔化そうとするアベル。
だが心の奥で、追放した暗黒騎士ギリアムの影がちらついていた。
――くそっ、あのオッサンがいた時のサイクロプスは弱かったのに。運よく抜けやがって……!
口には出せぬ言い訳を胸の内で吐き散らす。
これまでも依頼主とのやり取りや謝罪は、全部ギリアムに押しつけていたのだ。
――なんで俺が矢面に立たなきゃならねえんだ!
「余は貴様らを、伝説のクラン『クロノ・クロノスの再来』と聞き、依頼した。
……だが、噂というものは往々にして誇張されるらしい」
王の声音は怒号ではなく、ただ事実を並べる冷ややかさに満ちていた。
「い、いや、今回は偶然……そう、偶然です!
証拠にご覧ください、俺の指揮で無傷のまま戦略的撤退ができました!」
背後のクランメンバー、エメラダが冷ややかな視線を寄越すが、アベルはそれを無視する。
「次は必ず上手くやってみせます!
こいつらさえ指示通り動けば、あの程度の魔物に遅れを取るはずがありません!」
そうだ、次の依頼さえ成功させればいい。
名誉を取り戻せば――。
「次はない、となれば話は早いのだが……あいにく別件で人手が足りなくてな」
王は淡々と告げる。
その声に苛立ちも怒気もない。
ただ事務的に、駒を選別しているかのようだ。
「ど、どんなクエストでしょうか!?
我ら『黄金の剣』なら、ドラゴン退治でも希少鉱の採掘でも!
世界に名を轟かせるためなら、なんでもします!」
「……ほう、なんでも、か。
その言葉に二言はあるまいな」
冷ややかな瞳がアベルを射抜く。
怒りではなく、淡々と命を削る刃のように。
「も、もちろんですとも……」
だがアベルの胸には期待が膨らんでいた。
王命を果たせば、一気に大きな依頼が舞い込むはずだ。
――オッサンを追放して正解だった。
あんな陰気な暗黒騎士がいれば、せっかくの名声が汚されるところだったからな。
「ならば今すぐ旅支度を整えよ」
「と、申されますと……?」
ヴァルヴァリアス王は、平然とした口調で命じた。
「脱走した聖女の暗殺を任せる」
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黄金の剣のクランハウスは、白を基調とした豪奢な屋敷だった。
二十を超える部屋は、いずれ仲間で満ちる日を夢見て用意されたものだが――現実は広すぎる空虚さばかりが漂っている。
最高級の調度品が並ぶリビングでは、アベルが落ち着かぬ様子で足を鳴らし、室内を行ったり来たりしていた。
「暗殺だと……なんでこんなことになったんだ、くそッ!」
苛立ちをぶつけるように椅子を蹴り飛ばす。
乾いた音を立てて脚が折れ、木片が床に散らばった。
「受けるのですか?」
振り向けば、旅支度を整えた聖騎士エメラダが扉の前に立っていた。
その瞳には、未熟なクランマスターへの冷ややかな批判が浮かんでいる。
「断れるはずねえだろ。
あの状況で逆らったら、俺たちごと潰されてた」
「……」
「それに殺す相手は犯罪者だ。遠慮する理由なんかねえさ」
言葉とは裏腹に、アベルの手は小刻みに震えていた。
その震えが恐怖からか、名誉挽回の機会を前にした昂揚か――彼自身すら分かっていない。
「確か……聖女を騙る偽物、という話でしたね」
「ああ。本物の聖女様が現れて、これまでの聖女は偽物だったと明言したらしい」
「神の使いを偽り、民の信を欺き、城で贅を尽くしていた……。
実に下劣ですね」
「だからこそ俺たちが断罪を下す。
聖騎士のお前と、S級冒険者の俺でな」
アベルの口元がにたりと歪む。
――そうだ、これは許された殺人だ。
偽りの聖女を討てば、サイクロプスの失態も帳消しになる。
「せいぜい逃げ惑えよ、偽聖女様。
俺の踏み台になるためになぁ」
その不気味な声に気圧されたのか、階段を降りてきた治癒師アイテールと魔術師ドロシーは、用意を整えながらも一歩引いてリビングへ踏み込むのを躊躇する。
「あ、あの……アベルさん。準備が整いました」
「今度こそ役に立てよ。足を引っ張るんじゃねえぞ」
「は、はい……」
治癒師のアイテールは「こんなときギリアムさんがいてくれたら……」と胸の奥でつぶやいた。
けれども口にすればクランマスターに押し潰されそうで、ただ瞳に涙を浮かべるしかない。
サイクロプス討伐の失敗、アベルの焦り――それらは不協和音のように響いているのに、演奏者は気付かずに鍵盤を叩き続けている。
アベルは足元の革袋を掴み上げ、床を鳴らす足音に合わせて笑みを歪ませた。
それは狂気を帯び、期待と恐怖が入り混じる歪んだ仮面だった。
「さあ、出発だ。目指すは衛星都市アクアヴェルム――」
【カクヨム】
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