第11話 幽霊の正体見たり枯れ尾花
半開きの扉からアイリスの部屋を覗き込む。
机と椅子はきちんと揃えられ、窓には花柄のカーテン。
衣装クローゼットも備えられており、生活に困らない程度の家具は整っている。
「……誰かがいる気配はないな」
視線をベッドへ移すと、アイリスはワンピース姿のまま、すでに体を起こしていた。
「ア、アイリス、起きてたのか?」
だが返事はなく、虚ろな目で宙の一点を見つめている。
「な、何か見えているのですか、ギリアム様?」
「……アイリスが何かを見ているようだが、俺には何も見えない。
リリィは目をつぶってろ。何が出るか分からん」
「め、面目ございません……」
いつも「命に代えても」と豪語しているせいか、リリィは俺に抱きついたままバツが悪そうに肩を落とした。
「……久しいな、ユウヒ」
アイリスが懐かしむように微笑み、空へ手を差し伸べる。
その瞬間、ガラス窓が小さく揺れた。
「ひっ!」
「窓が揺れただけだ。落ち着け」
「何年経った……あの日から……ふむ、三百年以上か」
――幽霊と話しているのか。
まるで旧知の相手と語らうように言葉を交わす姿は、異様でありながらも不思議と安らぎを感じさせた。
「アイリス、邪魔するぞ」
「ようやく入ってきたか、治癒師のボウズ」
……いや、40代のオッサンに“ボウズ”は無いだろ。
「アンタ、一体何者だ」
その瞬間、アイリス――いや、別人格の彼女は闇夜に赤い瞳を爛々と輝かせ、俺を見据えた。
背筋はまっすぐに伸び、威風堂々とした気配が部屋を満たす。
そして、枕元に置かれた長剣が目に入った。
「どこから話すか……我は長い説明を好まぬ。
おい、ユウヒ。そろそろ姿を見せよ。拠点の警戒は不要だ」
「はっ」
声のした方へ視線を向けると、窓際にマント姿の少女が立っていた。
いつの間に現れたのか、闇夜を背に気配すら感じさせない。
「我の代わりに説明を許す」
「承知」
黒いマントはまるで夜そのものを編み込んだかのよう。
肩に羽織るだけで、その一部が淡く揺らぎ、姿を隠す魔術が仕込まれているのが分かる。
ユウヒと呼ばれた少女は、見た目は十七、十八といったところか。
漆黒の髪は背丈よりも長く、輪のように結い上げられて流れている。
小麦色の肌。軽装の麻布から伸びる腕はしなやかで無駄がない。
ハーフパンツに収まりきらないほどの引き締まった太ももは、見た者の理性を揺らすほどの魅力を帯びていた。
……もちろん、胸元も主張が激しい。
完成された肢体に目を奪われそうになるが、俺は耳を見てすべてを察する。
「……ダークエルフ、か」
その言葉に、ユウヒの瞳が獣のように鋭く細められた。
「《《一閃》》は認めぬ。我のクランマスターだからな」
「御意」
「あんたは一体……」
問いかける俺に、アイリスは目を細めただけで答えない。顎でユウヒに続きを促す。
「こちらにおわす御方は――畏れ多くも、先の剣聖、リンナ=アーデライト様」
「リンナ=アーデライト……?」
リリィが小首をかしげ、俺に視線を向ける。
幽霊ではないと分かると、すっかり落ち着きを取り戻していた。
「リンナ=アーデライト。
伝説のSSS級クラン『クロノ・クロノス』の切り込み隊長だ。
少女の姿ながら剣神をも凌ぐ音速の剣技で、仲間の進む道を切り開いたと言われる――正真正銘の剣聖だよ」
説明にリンナは満足げに鼻を鳴らした。
「我を知る者がまだ残っていたとは。愉快なものだな」
「だが……なぜアイリスの身体に?」
俺の疑問に、ユウヒが地に跪き答える。
「その身が帯びる長剣――故リンナ様が愛用された《《七つ剣》》のひとつ、光放つ百舌鳥。
その剣に魂が宿っていたのです」
「……我自身も驚いた。だが確かに、愛剣と共に魂が残っていたのだろう。
この娘が同じ想いを抱いた時、あるいは意識を失った時、こうして表に出られる」
「同じ想い、とは?」
「剣の道を極めたい、そして誰かを守りたい――。
ふ、若き日の青臭い願いよ」
アイリスの胸に手を置きながら、リンナは寂しげに目を伏せる。
「今こうして現れているのも、懐かしき拠点に戻ってきたからだ。
三百年もの間、初代のクランハウスを守り続けていた阿保がいるとは、誰が想像するだろう」
「正。他の拠点はすべて壊滅。残響の想いゆえ、ユウヒはこの地を守る」
胸が締め付けられる。
長命のダークエルフであるがゆえに、仲間を失った現実を受け入れられず、ただ帰らぬ主を待ち続けてきたのか。
「ユウヒ。だが我はすでに命尽きた身。
この魂もいつ消えるとも分からぬ。
《クロノ・クロノス》の役目は終わった……もう縛られるな」
リンナの真剣な眼差しに、ユウヒは必死に首を振る。
「嫌。クロノ・クロノスの道に終わりはない。
……マスターの最後の言葉。」
「あの阿呆め。言葉が人を縛ることを知らぬのか」
舌打ち混じりの吐息をつき、リンナは天を仰いだ。
だが次の瞬間、愉快そうに口元を歪める。
「ならば良い。ユウヒも取り込もう」
「は?」
思わず声が漏れる。
「昔から忠実すぎるのだ、この娘は。
我が一言、《ギリアムおじ様がマスターだ》と告げれば、すぐ従うだろう。
だがそれでは本当のクランメンバーとは呼べぬ」
「あ、ああ……それはそうだな」
「ならば――我と剣を交え、勝て。
ユウヒに見せろ」
「……生涯無敗の剣聖と? 無茶言うな!」
リンナは愛剣を手に取り、静かに構えた。
赤い瞳はすでに戦の光を宿している。
「なに、治癒師が剣聖に勝てぬ道理はないだろう?」
翌朝、広場での手合わせがあっさり決定してしまった。
暗黒騎士としての力を使えば善戦はできるかもしれない。
だが――俺の脳裏には、アベルに吐き捨てられたあの言葉が、今もこびりついて離れなかった。
【カクヨム】
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