第1話 S級クランからの追放
暗黒騎士――その存在は伝説と畏怖の象徴である。
無限に湧き出る闇の力を操り、攻撃・防御はもちろん、支援や回復にまで及ぶ万能の職業。
暗黒神の祝福を受けし禍々しい鎧をまとい、全てを断ち斬る巨大な両手剣を振るって、血煙を浴びながら戦場を蹂躙する最強の騎士。
だが、その力を振るう代償は――己の生命力。
ゆえに、この険しい道を選ぶ者は、古今東西ごくわずかだ。
さらに、悪魔崇拝者を思わせる不気味な鎧姿に、血に濡れた大剣を背負う異形の風体。
街を歩けば人々は道を空け、誰一人として近寄ろうとはしない。
「ギリアムのオッサン。お前は今日でクビだ」
夕餉の時間。
暗黒の全身鎧も、顔を覆い隠す兜もまだ脱がぬまま、唐突に突きつけられた言葉。
クランマスターに個別に呼ばれたと思えば、これか。
酒場の喧噪でさえ、今は遠のいて耳に届かない。
「理由は二つある。
一つはな――俺のクランで、お前が一番モンスターを倒していない」
偉そうに胸を張る茶髪の青年。
その名はアベル=ウィング。
十七歳にしてS級クラン『黄金の聖剣』を率いる若きマスターだ。
「それは、この前、マスターが大量解雇したせいで戦力が足りず、俺が暗黒スキルで穴埋めして――」
「はっ! 暗黒騎士ごときのスキルで忙しいだと? サボりの言い訳だろ」
言葉を遮り、アベルは皿の肉をクチャクチャと咀嚼しながら続けた。
「二つ目だ。暗黒騎士――しかも四十過ぎのオッサンがクランにいるとか、イメージが最悪なんだよ」
「……イメージ?」
確かに暗黒騎士の姿は人を威圧し、戦い方も生命を削る。
見る者に好印象を与えるはずもない。
加えて、俺は『ブリザードジェネレーション』と揶揄される四十代。
就職も独立も難しく、世間から厄介者扱いされる世代だ。
俺もまた、独立の機会を逃し、この歳までアベルのクランに世話になってきたが――もう潮時なのかもしれん。
「これからのクランはイメージ戦略が重要なんだよ。
オッサンは切って……ふへへ、これからは清楚系の女を前面に押し出してく。
顔も身体もいい奴ばかりな」
舌なめずりを浮かべるアベルの下卑た笑み。
そうか――少女ばかり採用していた理由は、やはりそれか。
「……分かった。ならば俺は去ろう」
暗黒騎士のイメージが悪いのは事実。
オッサンが疎まれるのも時代の常。
アベルの性根はともかく、俺が退いた方が残る彼女たちのためになる。
そうと決めれば、立ち去るだけだ――そう思った瞬間。
「待て。そのまま行くつもりか、泥棒が」
「……何だと」
「その鎧も兜も剣も馬も、アイテムも金も――全部《《俺のクラン》》の財産だろう。置いていかねえで出て行くなんて、盗人そのものじゃねえか」
「……そうか」
俺がフリー時代に手に入れた装備も混じってはいる。
だが、ここで反論しても、どうせ奴は揚げ足を取るだけだ――。
「今すぐ脱げ」
反論の言葉は喉まで出かかったが、アベルに何を言っても無駄だと悟る。
仕方なく鎧の留め具を外し、鉄が擦れる重い音とともに地面へと置いた。
その瞬間、酒場の喧噪が嘘のように止む。
酔客たちの視線が一斉に集まっているのに気付いた。
四十を過ぎたオッサンが、十七歳の若造の命令で鎧を脱ぎ捨て、大剣を差し出し、財布やアイテムを床に並べている――常識ではあり得ぬ光景だ。
「くははは、それでいい。
いやあ、サボり癖のあるオッサンを屈服させるのって最高だわ」
「……話はそれだけか」
「ああ、もう失せろ。売り払ってエロ装備でも揃えるかな。
暗黒騎士ギリアムのオッサン――いや、装備を剥がされたら、ただの哀れなオッサンだな! くははははッ!!」
笑い声を背に、俺は静まり返った酒場を後にした。
屈辱に震えるかと思いきや、不思議と胸は軽い。
アベルのクランを生き抜いた俺は、これまでも数々の無茶を暗黒スキルで切り抜けてきた。
その過程で、誰よりも多彩なスキルを身につけられたのだから、それだけでも十分だろう。
「……さて、住む家すらなくなったか」
冒険者は根無し草。
寝床など常に流転するものだ。
だが最近は王都グランヴェルムに腰を据え、クランハウスを拠点としていた。
その全てが、今や消え去った。
「まあ、ある意味ではアベルに感謝すべきかもな。
俺自身、暗黒騎士のイメージの悪さに気付かぬまま来てしまった。
結局、俺の支えなど、手放しても痛まぬ程度の存在だったということだ」
ならばこれからは、己を磨き直すだけだ。
謹厳実直に――誠実に、愚直に。
「失うものは何もない。あるのは手に入れる未来だけだ」
残されたのは、己の命ひとつ。
だが暗黒騎士の道は、命を削ってこそ拓かれるもの。
「年甲斐もなく、夢を見てもいいだろう」
夜空へと手を伸ばす。
幼い頃から胸に抱き続けた夢――自分だけのクランを築く。
それを目指して歩み出すのも、悪くはない。
【カクヨム】
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