転生悪役令嬢の商売道
今回は、転生前の知識を活かして無双するストーリーを描いてみました。たくさん読んできたはずなのに書くのは難しいですね。設定はゆるゆるですがご笑覧ください。
王宮の大広間に響く冷たい声が、イザベラの心臓を氷のように凍らせた。
「イザベラ・フォン・アルトハイム。貴女との婚約を、ここに破棄いたします」
第一王子エドワードの宣告に、広間がざわめいた。イザベラは青ざめた顔で立ち尽くしていた。まさか、本当にこの日が来るとは。
「理由を聞かせていただけますか、殿下」
震え声でそう問いかけるイザベラに、エドワードは軽蔑の眼差しを向けた。
「理由?それは貴女が一番よく分かっているはずです。教養もなく、品性下劣で、領地経営も満足にできない。そんな女性が未来の王妃になど、なれるはずがありません」
周囲の貴族たちがくすくすと笑い声を上げる。イザベラの頬に屈辱の赤みが差した。
「それに」エドワードは続けた。「貴女の領地の惨状は有名です。領民を苦しめ、税収も上がらない。そのような無能な領主の娘が、この国の未来を担うなど笑止千万」
「そうですわ」取り巻きの一人が口を挟む。「アルトハイム領の貧困ぶりったら、見るも無残ですもの」
「貴族の恥晒しですわね」
イザベラは拳を握りしめた。確かに、アルトハイム領は貧しい。しかし、それには理由があった。先代の父が病気で倒れ、領地経営が滞っていたのだ。自分も必死に努力していたのに、誰も理解してくれない。
「イザベラ・フォン・アルトハイム」エドワードの声が再び響く。「貴女は宮廷から追放いたします。二度と王宮に足を踏み入れてはなりません」
広間から出て行くイザベラの背中に、嘲笑の声が降り注いだ。
「あらあら、可哀想に」
「でも自業自得ですわよね」
「あんな女性が王妃になるなんて、考えただけでも恐ろしいわ」
イザベラは歯を食いしばって大広間を後にした。そして、その足で実家のアルトハイム公爵邸に向かった。
しかし、待っていたのはさらなる絶望だった。
「お父様、お母様」
応接室で両親と向き合うイザベラ。父親のハインリッヒ公爵は冷たい視線を向けていた。
「イザベラ、お前は我が家の恥だ」
その言葉に、イザベラの心は凍りついた。
「王子殿下から婚約破棄を受けるなど、アルトハイム家始まって以来の屈辱だ。お前はもはや我が家の娘ではない」
「お父様、そんな…」
「勘当だ。今すぐ屋敷から出て行け。そして二度と戻ってくるな」
母親のマリアンヌも顔を逸らしている。味方は誰もいなかった。
「せめて、アルトハイム領だけでも…」
「領地?」父親は鼻で笑った。「あんな貧乏領地など、どうにでもするがいい。我々はもう関わりたくない」
イザベラは震える手で荷物をまとめ、一人で馬車に乗り込んだ。行き先は、自分が管理していたアルトハイム領。もはや、そこしか行くところがなかった。
* * *
馬車が王都を出て、田舎道を走り始めた頃、イザベラの中で何かが弾けた。
そうだ。思い出した。
自分は、この世界の人間ではない。
前世で、日本の大手コンサルティング会社で働いていた。激務で過労死し、気がつくとこの異世界の悪役令嬢として転生していたのだ。
「なんてことを…」
前世では、倒産寸前の企業を数多く立て直してきた。マーケティング戦略、財務分析、人材マネジメント。様々な経営手法を駆使して、不可能を可能にしてきた。
「まだ、遅くない」
イザベラは拳を握りしめた。確かに宮廷からは追放された。しかし、自分にはまだアルトハイム領がある。そして、前世の知識がある。
「見返してやる。絶対に」
馬車が進むにつれ、景色は徐々に荒れていく。アルトハイム領は王都から遠く離れた辺境の地だった。田畑は荒れ果て、村々は寂れている。
しかし、イザベラの目は違うものを見ていた。
前世の知識で分析すると、この土地には可能性がある。気候は温暖で、土壌も決して悪くない。交通の便が悪いだけで、適切な開発をすれば必ず発展する。
「きっと、できる」
イザベラの瞳に、久しぶりに希望の光が宿った。
夕暮れ時、馬車は領主館の前に到着した。石造りの古い館は、確かに質素だった。しかし、手入れは行き届いている。
「お嬢様」
出迎えたのは、老執事のセバスチャンだった。彼は王都での出来事を知っているはずだが、いつもと変わらない優しい表情でイザベラを迎えた。
「セバスチャン…」
「お疲れ様でございました。お部屋をご用意しております」
その優しさに、イザベラの目に涙が滲んだ。
「私、もう貴族社会からは追放されました。それでも、ここにいてくれるのですか?」
「当然でございます。私たちはお嬢様の家族です」
セバスチャンの言葉に、イザベラの心が温かくなった。そうだ。ここには、自分を信じてくれる人たちがいる。
「ありがとう、セバスチャン。私、頑張ります」
その夜、イザベラは領地の資料を徹夜で分析した。前世の経営コンサルタントとしての知識を総動員し、アルトハイム領の現状と可能性を洗い出した。
結果は、予想以上だった。
* * *
翌朝、イザベラは領地の視察に出かけた。セバスチャンと共に、村々を回って現状を確認する。
「ここの土壌は、実は非常に良質ですね」
畑を見回しながら、イザベラは呟いた。前世の知識で分析すると、この土地は特定の作物に適している。
「そうでございます」セバスチャンが答える。「しかし、種や肥料を買う資金が不足しており…」
「資金の問題は解決できます。それよりも、この土地の真の価値を活かしましょう」
イザベラは村人たちとも話をした。最初は警戒していた村人たちも、彼女の真剣な態度に徐々に心を開いていく。
「お嬢様、私たちはお嬢様を信じております」
村長の言葉に、イザベラは感激した。
「ありがとうございます。私も、皆さんと一緒に頑張ります」
その後の視察で、イザベラは驚くべき発見をした。
領地の奥地に、良質な鉱石が眠っていることが判明したのだ。また、川では美しい真珠が取れることも分かった。そして、村の職人たちの技術は、王都の職人にも劣らないレベルだった。
「これは…宝の山ですね」
イザベラの目が輝いた。前世の知識で分析すると、これらの資源を適切に活用すれば、王都の高級品市場を独占できる可能性がある。
問題は、マーケティングと流通だった。良い商品を作っても、適切に販売できなければ意味がない。
「セバスチャン」
「はい、お嬢様」
「王都の商人ギルドに、手紙を書いてください。商談の申し込みです」
イザベラは、前世の経営戦略を思い出しながら計画を立てた。まず、少量の高品質商品を作成し、王都の富裕層をターゲットにする。話題になれば、需要は自然に拡大する。
村人たちも、イザベラの計画に協力的だった。
「お嬢様が戻ってこられて、村に活気が戻りました」
村の女性たちが、手工芸品の制作に熱心に取り組んでいる。イザベラの指導で、現代的なデザインを取り入れた美しい工芸品が完成していく。
「素晴らしい出来栄えですね」
イザベラは村人たちの作品を見て、心から感動した。技術は確かにある。あとは、それを適切に市場に投入するだけだ。
同時に、農業の改革も進めた。前世の知識を活かし、効率的な農業技術を導入する。肥料の配合から、作物の選択まで、すべてを最適化した。
「この野菜、今まで見たことがないほど美味しいです」
村人たちの驚きの声に、イザベラは微笑んだ。
「まだ始まったばかりです。もっと素晴らしいものを作りましょう」
そして、最も重要なプロジェクトとして、化粧品の開発を始めた。領地で取れる植物や鉱物を活用し、前世の知識を基に革新的な化粧品を開発する。
「これは、王都の貴婦人たちが欲しがること間違いなしですね」
試作品を見たセバスチャンが、感嘆の声を上げた。
半年後、イザベラの商品群が完成した。美しい工芸品、高品質の農産物、そして革新的な化粧品。すべてが、前世の知識と領地の資源を活かした傑作だった。
「いよいよ、王都大商談会ですね」
イザベラは、鏡の前で身なりを整えた。以前のような華美な衣装ではなく、品格のある実用的な服装。しかし、その瞳には強い意志が宿っていた。
「今度こそ、真の価値を見せてやりましょう」
* * *
王都大商談会の会場は、各地から集まった商人たちで賑わっていた。イザベラは、控えめな一角に自分のブースを設置した。
最初は、誰も注目しなかった。アルトハイム領の名前を聞いて、鼻で笑う商人もいた。
「あの貧乏領地が、何を持ってきたって言うんだ?」
しかし、イザベラの商品を実際に見た商人たちの反応は一変した。
「これは…素晴らしい」
化粧品を試した貴婦人が、目を見開いた。
「肌がこんなに滑らかになるなんて、信じられませんわ」
「この工芸品の美しさは、王宮の職人作品に匹敵しますね」
「この野菜の味は、一体どうやって…」
口コミで評判が広がり、イザベラのブースには人だかりができた。
そして、ついにその時が来た。
「イザベラ」
振り返ると、そこにはエドワード王子が立っていた。彼の周りには、以前イザベラを嘲笑していた貴族たちが集まっている。
「殿下」
イザベラは、冷静に一礼した。
「この商品は、本当に貴女が作ったのですか?」
エドワードの声には、明らかな困惑が含まれていた。
「はい。私の領地で、領民の皆さんと一緒に作りました」
「しかし、貴女は無能だと…」
「そう仰ったのは、殿下ですね」
イザベラの言葉に、エドワードは言葉を失った。
「あの、イザベラ様」
取り巻きの一人が、恐る恐る声をかけた。
「この化粧品、ぜひ我が家で取り扱わせていただけませんか?」
「私も、この工芸品を購入したいのですが」
次々と商談の申し込みが舞い込んだ。かつてイザベラを見下していた貴族たちが、今度は頭を下げて彼女に懇願している。
エドワードも、明らかに動揺していた。
「イザベラ、その…もしかして、私たちの婚約の件ですが…」
「申し訳ございませんが、殿下」
イザベラは、微笑みながら答えた。
「私は既に、新しい道を歩んでおります。過去を振り返る余裕はございません」
エドワードの顔が青ざめた。
「しかし、私は王子で…」
「はい、王子でいらっしゃいますね。そして私は、一介の商人です。立場が違いすぎて、お話になりません」
イザベラの冷たい言葉に、エドワードは何も言えなくなった。
商談会は大成功に終わった。イザベラの商品は、予想をはるかに上回る売れ行きを見せた。注文が殺到し、生産が追いつかないほどだった。
「お嬢様、素晴らしい成果でございます」
セバスチャンが、売上報告書を持ってきた。
「これで、領地の発展に必要な資金は十分に確保できました」
イザベラは、報告書を見ながら次の計画を考えていた。
「セバスチャン、新しい商業都市の建設計画を始めましょう」
「商業都市でございますか?」
「はい。国際的な交易拠点を作るのです」
イザベラの瞳が、未来への希望で輝いていた。
* * *
それから一年後、アルトハイム領は見違えるほど発展していた。新しい商業都市の建設が進み、他国からも商人や職人が集まってきている。
領民たちの生活も、大幅に改善された。豊かな収入を得られるようになり、村々には笑顔が戻っていた。
「お嬢様のおかげで、私たちの生活は一変しました」
村人たちの感謝の言葉に、イザベラは心から嬉しく思った。
「私一人の力ではありません。皆さんと一緒に頑張った結果です」
商業都市の中央広場では、毎日のように商談が行われている。イザベラが作り上げた新しい商業システムは、従来の貴族社会の枠組みを超えた実力主義の世界だった。
出身や血筋に関係なく、優れた商品や技術を持つ者が成功できる社会。それが、イザベラの理想だった。
「お嬢様」
セバスチャンが、一通の手紙を持ってきた。
「王宮からでございます」
イザベラは、手紙を開いた。エドワード王子からの、正式な謝罪文だった。そして、もう一度関係を修復したいという申し出も含まれていた。
しかし、イザベラはその手紙を静かに閉じた。
「返事は不要です」
「承知いたしました」
セバスチャンは、イザベラの判断を尊重した。
夕暮れ時、イザベラは商業都市の建設現場に立っていた。職人たちが、新しい建物の建設に励んでいる。その光景を見ながら、イザベラは前世のことを思い出していた。
あの時、過労で倒れた自分を、誰も助けてくれなかった。血も涙もない競争社会で、自分は消耗品のように扱われていた。
しかし、今は違う。ここには、互いを支え合い、共に成長していく仲間がいる。
「お嬢様」
村の少女が、花束を持って駆け寄ってきた。
「ありがとう」
イザベラは、花束を受け取って少女の頭を撫でた。
その時、建設現場の向こうから、美しい夕日が差し込んできた。オレンジ色の光が、新しい街並みを照らしている。
イザベラは、その光景を見つめながら静かに微笑んだ。
* * *
数ヶ月後、イザベラの商業都市は正式に開港した。開港式には、近隣諸国からも使節団が参加し、盛大な祝典が開かれた。
式典の壇上で、イザベラは多くの人々に見守られながら挨拶をした。
「皆様、本日はお忙しい中、開港式にご参列いただき、ありがとうございます」
会場からは、盛大な拍手が起こった。
「この商業都市は、出身や血筋に関係なく、すべての人が平等に商売できる場所です。真の価値を持つ者が、正当に評価される社会を目指しています」
イザベラの言葉に、会場の人々は感動で胸を熱くした。
式典の後、イザベラは一人で港の堤防に立っていた。海の向こうには、まだ見ぬ世界が広がっている。
これから、この商業都市はさらに発展していくだろう。そして、新しい価値観が世界に広がっていくはずだ。
背後から、足音が聞こえた。振り返ると、セバスチャンが立っていた。
「お嬢様、お疲れ様でございました」
「ありがとう、セバスチャン。あなたがいてくれて、本当に良かった」
セバスチャンは、嬉しそうに微笑んだ。
「私こそ、お嬢様にお仕えできて光栄です」
イザベラは、再び海の向こうを見つめた。夕日が水平線に沈もうとしている。
この一年間で、自分は大きく変わった。悪役令嬢から、一人の商人へ。そして、新しい世界の創造者へ。
前世での経験、この世界での試練、すべてが今の自分を作り上げた。
風が頬を撫でていく。その風に乗って、新しい時代の匂いが漂ってくるような気がした。
イザベラは、美しい夕日を見つめながら、心の中で静かに呟いた。
真の価値は、血筋ではなく実力で決まるものですのね。
そして、その言葉を口に出して、風に向かって微笑みながら言った。
「真の価値は、血筋ではなく実力で決まるものですのね」
夕日が完全に沈み、空が紫色に染まった。新しい夜が始まろうとしている。そして、明日もまた、新しい一日が始まるのだ。
イザベラは、希望に満ちた瞳で未来を見つめていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。「経営コンサルタント」が何をしているか十分に分からないまま書いた結果、現代世界でも無双できるチートスキルみたいになってしまいました。感想などいただけたらとても嬉しいです。