〜最悪の刻〜
ファラウス家。
その一族に目覚めたのは特殊な眼である。それこそが『獅戎眼』。
それはファラウス家の兄弟が三人居たら一人だけ目覚めることが半分ほどの確率であるのだ。
だが、貼り付いた偏見はそんな簡単に拭いきれないものだ。『獅戎眼』の能力を知る者にとっては脅威だ。
『獅戎眼』を知る者がいなくなるまで数十年。歴史への偏見を持たなくなるまで数十年。権力を持つまで数十年。そして、王国を作るまでに十数年かかるのだった。それでもファラウス家はこの国を作ったのだ。
そうレイグスにディーズルは大まかなことを語ったのだった。
「なんですか、それ······」
そう呟くしかなかった。大まかな、断片的な内容だとしても、呆然と聞くしかなかった。何年も何十年も経った薄れたことだとしてもだ。
「『獅戎眼』ってなんなんですか」
唇を若干噛みながら、そう聞く。
「それは分からぬ。生まれるたびに性質が違う」
「シンシアは······」
「もちろん秘匿するに決まっている。大切な私の娘だ」
淀みない目ではっきりと言う。
「今日はもう寝なさい。疲れたでしょうん?」
とマリアーナが言う。
「えぇ。もう、いっぱいいっぱいです······」
そういいながら、レイグスはふらっとした足取りで部屋から出ていく。
シンシアが人から畏怖される力の持ち主で、それがバレてはならないだなんて······。そう思ってる内に眠りについてしまった。
朝。
陽射しが差し込みはじめ、眠りが薄くなり始めていた頃。
ドゥンッッ!! !? という異音と共に眠りから覚める。
「何がッ?」
ベットから起き上がり急いで、窓へと寄る。
そこに写っていたのは、景色が歪んだ世界で、拗られるようにして空間が爆発していた。
「起きてるんだ······?」
立ち尽くしながら、そう呟く。
ふとそこで気がついたのだ。爆発の中心地だ。小さいが人型のものが浮かんでいた。
昨日の話を思い出してしまう、『獅戎眼』。
「ちくしょう!」
ガンッ! と窓を開き、魔法を使って飛び降りる。着地し、一気に駆け出す。
「違ってくれ!」
歯を噛み締めながら走る。
その間にも、ドゥン! ドゥン!! という音が鳴り止まない。城を取り囲む人工森林を駆け抜け、街の屋根を飛び移り、最短を目指す。
そんなレイグスの横の建物でも滑走する人が居た。そうイジスだ。
「兄様!?」
「レイグスっ!?」
合流すると、
「兄様、これは一体何が起きてるですか!?」
「分からん。が、ヤバいことが起きてるのが分かればそれで十分だろ」
そんな話をしている間に異音が消えてしまう。同時に人の叫び声が響く。
それは恐怖ではなく、嬉々とした叫び声だ。
そして、ようやっと中心地へと到着する。そこには槍のようなものが刺さった赤い何かを片手に持ち、それを注目して、観衆は歓喜の声を張り上げていたのだ。
「······で、だよ······ッ」
レイグスの口調が崩れる。
「幻覚······、じゃない······だよな」
目を飛び出すほどに見開く。
いつの間にか、走り出していたレイグスには気づかないで。
見間違い。
そんな訳がない。
アレは······。
「······シンシアに、何をしやがったァァ!! !?」
と言いながら、手刀の形で魔力を込める。そして、無理やりに入り込んで、この流れを断ち切る。
赤くなった、血に染まったシンシアを抱えて、ズザァ!! と踵を擦りながら滑る。
「何だぁ貴様ァ!」
と観衆の一人が叫ぶ。
「それはこっちのセリフだ!」
ようやっと状況を理解してきたイジスが追ってくる。
「レイグスッ!」
観衆が飛びこんだイジスに注目する。顔の知れた人が飛び込んできたのだ。それも血に染まったものを護るように、だ。
「なぜ、イジス様がッ!?」
と観衆が言う。
「なぜ、俺の妹に手を出したんだ?」
明確な嫌悪を向ける。
「イジス様の妹······? へへっ、人のいい人だから、こんな極悪人も庇うんだ!」
と一人の観衆が、『妹』という言葉を聞かなかったことにし、恐怖に身を任せ言うと、それに次いで他の観衆も同様のことを口々に叫び始める。それもはるか遠く彼方の声に思える。
レイグスとイジスは人の悪意と殺意に晒されている。そんな時だ。
ざざっとディーズルとマリアーナが駆けつける。遅かったか、と呟いたように見えた。
最初にディーズルが言う。
「イジス、すまなかった」
そうイジスに謝ったのだ。
「なんで、謝るんですか······」
「もっと早く、伝えておくべきであった」
と自身が行動を起こさなかったことを悔い改めるように噛み締める。
「······この惨状はほんとに、シンシアの手で引き起こったのか?」
イジスは『獅戎眼』の云々は知らない。ただ、一国の主になるかもしれない一人として、この惨状を受け入れなければならない。
「······あぁ」
とディーズルが肯定の意を見せる。
それを聞き、イジスは黙り込むことしかできない。受け入れようにも受け入れ難い。短い時間でも、家族は家族。今にも膝が崩れ落ちそうになる。
でも、
「この状況を抑えよう。なんとしても」
と言った直後だ。
オオォォォォォ!! という大勢の人間が息巻く声が鳴り響く。
恐怖に駆られた人間など、こんなものだ。得体の知れないものには、理解することもせず、踏み切ることもしないで徹底的に拒絶反応を示す。そして、それが増幅し限界値に達しきると、どんな弁解を講じようが、無視し襲いかかる。
「死ねェーー!!」
と背中から声が聞こえ、イジスが振り返ると粗末で粗雑な大剣を振りかざして、切りかかったのだ。
動揺、困惑、狼狽が渦巻き、冷静な判断もつかなくなった状態では、瞬時な行動も出来ない。つまり、
「ぐぁっ······ッッッ!?」
と無抵抗に切られてしまったのであった。それも粗末で粗雑な大剣、傷がその分、複雑になる。内臓まで達していたため、その部分ごとにズタズタにかき乱された。
「兄様ッッッ!?」
倒れるイジスをレイグスが抱きかかえる。
「······イ、グス。お前だけ······は、逃げろッ」
それを言うだけ言うと、イジスは首に手刀をレイグスに食らわせ、服を掴んで魔力を込めた腕でぶん投げた。
目の前は真っ暗で、意識は薄れる。
そんな中で民衆が雄叫びを、咆哮を上げる声がフェードアウトしていったのである。
(兄様······母さま、とお······)