009_ボイスメッセージ
アカネ「あー……やべー……」
アカネはソファに突っ伏したまま、やる気の無い声を出した。
ここは視聴覚準備室。隠れ家を飛び出して、4日。
アカネはリンと顔を合わせたくないあまり、隠れ家に戻ることが出来ず、この古い拠点に入り浸っていた。
アカネ「動画、撮らなきゃいけないのになー……」
この4日、アカネは動画の撮影も、投稿もしていなかった。
まるで火が消えたように、やる気が出てこない。
アカネ「リン……どうしてるかな……」
すでに隠れ家は引き払っただろうか。あれだけ怯えていたのだ。きっともう、どこかに逃げただろう。
もう、会うことはないのかも知れない。
アカネ「よし、切り替える!」
アカネは自分に言い聞かせるように宣言した。
まずはスマホで、自分のチャンネルに管理者権限でログイン……
アカネ「あ……」
自然にリンの作ってくれた暗号化アプリを立ち上げようとしていた。
アカネ「リンの言う通りじゃん……」
自分は何も出来ず、リンに頼りきりだった。
短く息を吐き、今度こそ暗号化アプリを起動させる。
その時、スマホの画面が切れ、真っ暗になる。
アカネ「え……?」
画面中央に、「ボイスメッセージ:リン」と飾り気なく表示された。
アカネ「あいつ、なんか仕込みやがったな……」
暗号化アプリに細工して、起動時にメッセージが流れるように設定していたのだろう。
アカネ「こんな手の込んだことしなくても、普通に電話すりゃ良いのに……」
仲直りのためのメッセージだろうか。
アカネ「こんな一方通行じゃ……私が謝れないじゃん……」
アカネは画面をタップして、ボイスメッセージを再生させた。
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リン「これは、アカネがボクの暗号化ネットワークに接続したら一番に再生されるようにしたメッセージです。
普通に連絡出来ないヤバい内容です。周りに誰もいないとこで聞いてください。
アカネ、落ち着いて聞いて欲しい、です。
もう、この隠れ家には来ちゃダメです。警察に場所を特定されました。
証拠がなくて、今は監視されてるだけ、みたいです。
なにか証拠を見つけるか、ボクが逃げようとすれば、逮捕に踏み切ると思うです。
ボクは出来るだけ、この隠れ家の中で時間を稼ぐです。
……アカネ、ごめんなさい。
ボクいろいろ考えたですが、アカネに安全にデマゴーグを残す方法が分からなかったです。
だから、ボクが逮捕されたら、デマゴーグの動画も、ボクが投稿していたって証言するです。
その時には、アカネのスマホから、デマゴーグの情報を削除してください。
もしなにか警察に聞かれても、ボクがパソコンで何をしていたか、分からなかったって言ってください。
ボクのこと、ただの……と、とも……友達って……言ってくれたら、ボクは凄く嬉しいです。
……ええと、活動資金は、仮想通貨にしてアカネが引き出せるようにしてあるです。
状況が落ち着いたら、出来れば、一年くらい経ってから、使ってください。
……あと、ボクが逮捕されるまで……あと数時間か、何日か、分からないですけど……アカネのスマホから動画を投稿しても大丈夫です。
この隠れ家を経由してアップロードするようにしてあるです。
パソコンが隠れ家の方にあるから、スマホだけで動画作るの、大変かも、ですけど……
……えと……他に言うことあったですかね……
……ボクはアカネの手伝いが出来て、本当に嬉しかった、です……
アカネさえ無事なら、絶対、いつか国のない世界にできると思うです。
ボク、期待して待っ……待ってるです……
……さよ……さような……」
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最後は、堪えきれなかった嗚咽で、言葉になっていなかった。
アカネ「あの、バカ……!」
アカネは走り出した。