006_札束と風呂またはシャワー
アカネ「リ、リンちゃん……これは……」
その日、遅れて視聴覚準備室に来たアカネは、ソファの上を見て、驚いた。
とんでもないものが無造作に置かれている。
リン「ん?どうかしたですか?」
どや顔が抑えきれない表情で、リンが答える。
アカネ「おかね……」
そこには、リンがやっと一抱え出来る、そのくらいの一万円札の束が鎮座していた。
アカネ「うっわー、すっげ、これ、ヤバぁー」
あまりの衝撃に、アカネの頭からは語彙が吹っ飛んだ。
リン「まあ、ちょっと?株で増えた分をまとめて別口座に移そうかなって?
大したことないんですけど?」
アカネ「うおー……!」
鼻高々のリンに、もう驚きの声をあげるしかないアカネ。
アカネ「凄すぎて、なんかドン引きだわー……」
リン「なんでですか」
アカネのテンションが急落して、リンは不満げな声を漏らした。
当然これは、リンがアカネを驚かすために用意したものだ。
証券口座からわざわざ複数の銀行の口座に移し替え、それぞれATMの上限額を上げて、遠方の銀行を回って集めた。
リンの週末がつぶれるくらいには、手間がかかっている。
アカネ「これ、いくらあんの?」
リン「5000万くらい、です」
アカネ「ヤバ」
ちなみに、リンがこの札束を持って帰りの電車に乗ったときには、緊張で震えて変な汗が全身から出ていた。
アカネ「リンちゃん……お風呂入る?」
リン「え……?あ、う……え?」
アカネの突然の言葉に、今度はリンが語彙を失った。
いろいろな想像が浮かんで、リンの顔が赤くなる。
アカネ「いやあ、よくいるじゃん。浴槽にお札ためて入る金持ち。
せっかくだからやっとこうかなって」
リン「言うほどいるですか?」
アカネ「ちょっと足りないかなー?一人暮らしワンルームのお風呂ならいけるかな?」
リン「そんな切ない札束風呂、見たことないです」
アカネは大きく息をついた。
アカネ「順調だね」
リン「はい、です」
アカネ「資金調達はこれで一段落?」
リンはうなづいた。
リン「細々と運用はするですが、大きな動きはしない予定、です」
アカネ「チャンネルも、デマゴーグの方は順調に伸びて来てる。
もうすぐ登録者数10万」
もう一度、アカネは大きく息を吐いた。
アカネ「メインのアカネちゃんねるは、なかなか100人行かないんだけど」
リン「あっちがメインって認識なんですね……」
アカネ「……あー、このお金、企画に使えたらなー……
【5000万】札束風呂やってみた【女子高生】とか」
リン「ダメです。そういうのは、絶対、ダメです」
親衛隊のような信念に燃えるリンの圧力に押されて、アカネは苦笑いを浮かべた。
アカネ「なんか全然実感わいてなかったけどさ。
あたしら、結構すげくね?」
アカネは札束をそっとなでた。
リン「アカネは最初から凄かった、ですよ」
相変わらずのリンの信者っぷりに、アカネは照れ笑いを浮かべた。
リン「隠れ家も、別の場所に移す頃合いだと思ってるです」
アカネ「あー、うん……そうね」
あの日から毎日のように二人で集まった視聴覚準備室。思い入れがないというと嘘になる。
自分たちで鍵を取り付け、勝手に私有化した教室。二人で長い時間を過ごした。
リン「よく、先生にバレずにいたもんです」
アカネ「……?あれ?言ってなかったっけ?」
リンの言葉に、アカネは意外そうな声をあげた。
アカネ「生活指導のコミセンにバレてて、わたし話つけてんの」
リン「コミセン……?」
聞き慣れない言葉に、一瞬疑問符が浮かんだリンだったが、おそらく小宮山先生のあだ名なのだ、と思い至った。
リン「そ、そうだった……ですか?」
思いもよらぬアカネの言葉に、リンは目を丸くした。
アカネ「ん」
アカネは事も無げにうなづいた。
アカネ「登校拒否寸前のリンちゃんが逃げ込める場所っつって。大目に見てって。
友達いないリンちゃんに、わたしが勉強教えてることになってる」
リン「ひ、ひど……」
アカネ「コミセンも、心配してた」
リン「えー……」
確かにいろいろな活動で休みがちだが、先生からそんな風に思われているとは……リンは夢にも思っていなかった。
アカネ「わたしは褒められた」
リン「解せぬ……です」
アカネこそ、動画やなんやらで出席日数がギリギリになっているはずだ。
アカネ「ま、でも、こっからさらに忙しいからね。
ここらで、学校やめよかなー」
リン「え……?」
突然のアカネの言葉に、リンは驚きを隠せなかった。
アカネ「もっと動画に時間かけたいし。あと出席日数足りないし」
ギリギリどころか、足りてなかった。
リン「ボ、ボクも……」
アカネは手でリンの言葉を止めた。
アカネ「リンちゃんはだめ。
先があるんだから、ちゃんと卒業するの」
それはアカネも一緒なんじゃ……?浮かんだ反論がリンの口の中から出る前に、アカネが先に口を開いた。
まるで、リンの次の言葉を恐れるように。
アカネ「これまで以上に働いてもらうケド!」
さらにアカネは札束を掴んで、バッと上に撒き散らした。
お札はきれいに広がり、ヒラヒラと舞い散った。
リン「な、何する、ですか!」
視界いっぱいに舞い落ちる一万円札。
アカネは声をあげて笑った。
アカネ「お風呂ダメならさ、シャワー!」
お札を掬い上げては頭上にばらまく。
リン「そんなの……!わぷっ!」
制止しようとして近づいたリンの顔にお札のかたまりが直撃する。
アカネはさらに腹を抱えて笑った。
リン「もおおおおおぉ!」
リンも吹っ切れたように散らばったお札をアカネに浴びせた。
アカネも負けじと笑いながらお札をまき散らす。
二人は、まるで雪にはしゃぐこどものようだった。