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13/13

013_コンクルージョン、または次回のための前置き

アカネ「うー、さぶっ……」


 半袖Tシャツ姿のアカネが、むき出しの二の腕をさすった。


 日が落ちると肌寒い時期になった。


アカネ「あのやろー、パーカー持って行きやがって……」


リン「大丈夫です?ボクの、着るです?」


アカネ「あんた、それ脱いだら、ブラだけでしょ……」


 二人は隠れ家の騒動から離れ、視聴覚準備室にたどり着いていた。


アカネ「いいから、ちょっとくっついてて」


 アカネの言葉に、リンは照れながらおずおずとアカネの腕に身を寄せた。


アカネ「あったか。リンちゃん、マジカイロ」


リン「べ、べつに、ボクも、ひんやりして気持ちいいから、ずっとくっついててあげても良いというか、その、ひんやりしてなくても別にいいというか……」


 もごもごと口の中で、照れ隠しにもならない何かをつぶやくリン。


リン「……でも、ほんとあり得ないです、あの痴漢……

 アカネ、本当に大丈夫です?」


アカネ「あー、うん……」


 あのとき、とっさに痴漢、と叫んだが……あの男……


 警察、と言っていたような気がする。


 目が合ったなー、マスクはしてたし、一瞬だったけど……


 アカネは、自分の腕にくっつく、小さなリンを見た。そしてその頭をなでる。


 まあ、やっと逃げ切ったところなのだ。今そんなことを言って、リンを不安にさせることもないだろう。


アカネ「リンちゃん……噛みつき攻撃は、人によってはご褒美だから、もうしちゃダメだよ」


 くるり、とリンがアカネの方に顔を向けた。びっくりした顔をしている。


リン「……アカネ、噛みつかれたい、ですか……?」


アカネ「や、わたしの話じゃなくてね。……おい、やめろ。引いた顔すんな。目逸らすな」


リン「……アカネのビンタも、ご褒美になるかも……です」


アカネ「えー、リンちゃんはビンタされたいんだ?」


リン「……いや、もちろん嫌なんですけど、100%嫌って訳ではなく、その、可能性はあるというか、興味がないわけでもないというか、やぶさかではないというか、その……」


アカネ「やめろー!そっと差し出すなー」


 アカネは、リンの頬を両手で挟んだ。


アカネ「こんなぷにぷにのもの、叩けねー」


 そう言って、アカネは笑い声をあげた。


 ひとしきり笑ってから、アカネはリンに尋ねた。


アカネ「次、どうする?」


 アカネの声は、少しだけ緊張で固くなった。


リン「ほーへふへー」


アカネ「あ、ごめん」


 まだリンの両頬を挟んだままだった。アカネは手を放す。


リン「そうですねー……


 超儲かってる地方企業の株を取得して、社員の公共サービスを自社でやっちゃう、みたいな……


 企業国家のプロトタイプ作ってみる、て感じ、です」


 リンの声がいつも通りの調子だったので、アカネは小さく息を吐いた。


アカネ「どうなるかな、それ……」


 アカネの目に強い光が宿る。


アカネ「地方行政の乗っ取りとか、出来るかも。


 公共サービスを肩代わりする代わりに税金減らすって話にして、どんどん企業の領域を増やしていって……気づくと行政の存在意義なくなってる、みたいな……


 どこも財政厳しいし、最初に経済的なメリットあれば、のってきそう」


リン「しばらく都外の活動を希望、です。


 あと、隠れ家、たくさん欲しいです。


 今回みたいなのは、二度とごめんなのです」


 アカネはうんうん、と何度もうなづいた。


アカネ「で、リンちゃん……ここで、発表があります。


 ダラダラダラダラダラ……バン!」


 アカネは口でドラムロールを演出した。


アカネ「お金、全部ばらまいちゃいましたー!」


リン「……え?ぜ、全部……です……?

 アカネの仮想通貨に入れた分?あんなにあったのに……?」


アカネ「ダラダラダラダラダラ……バン!

 全部でーす!」


 リンは、今思い描いた計画が音を立てて崩れていったように感じた。


リン「アカネ、噛みついて良いです……?」


アカネ「イヤデス……ゴメンナサイ……」


********


男1「一人は、若い、茶髪の女だった……」


 男はゆっくりと、記憶を確かめるように言った。


 そして手に残った歯形を眺める。


 しばらく眺めた後、反対の腕に軽く自分の歯形をつけて、比べてみる。


男1「やっぱり、ずいぶん小さい……


 子ども……?いや、こっちも、女、なのか……?」


 DNA鑑定が出来れば様々なことが分かるが……


 科研には提出したものの、自分の出血と混ざってしまっており簡単ではない、と言われてしまった。


 なんとかしてくれ、と頼んではおいたが……


男1「若い、女……


 女子高生の二人組……


 いや、そんなことあるわけないか……」


 男は自分の思いつきを鼻で笑って否定した。


男1「絶対、捕まえてやる……」


 男は今後の刑事人生の大部分を、このハッキング犯と動画投稿者に費やすことになる。


********


 まいにちレモンは札束の前、腕を組んで悩んでいた。


 目の前の札束は、デマゴーグのイベントでもらった100万円だ。


 今日のイベント……本当にイベントと言って良いか分からないが……は、札束の山を8割くらいまき終わったあたりで、4Fに警察官が到着し、終了になった。


 お札の散布をやめるように警察官に言われ、全員が大人しく従った。


 その後、警察官のおじいさんにものごっつ叱られたが、逮捕されたりはしなかった。


 この100万円も、没収されることはなかった。どうやら、舞い散ったお札を拾った人も、そのまま持って帰れたらしい。


 だが。


まいにちレモン「これ、本当にもらってしまって良いものか……?」


 こんなに簡単に大金を得たのは、彼にとって、初めての経験だった。


 なんとなく、デマゴーグに対して恩というか借りというか、「なにかお返ししなきゃいけない」ような感覚にとらわれていた。


 そしてそれは彼に限った話ではなく、イベントに参加して多少なりとも現金を得た、多くの人間が感じている感覚だった。


 それは、決して無視出来ない人数で、決して軽視出来ない、デマゴーグの力となっていた。


********


アカネ「リンちゃん、終わった?」


 温泉旅館の浴衣姿で、アカネはリンのノートパソコンの画面をのぞき込んだ。


リン「終わったです。


 これで、この温泉宿のフリーWi-Fiにつなぐと、もれなくボクのとこに情報が来るようになるです。


 ……なんか、ビックリするくらいセキュリティが簡単で、逆に不安になったです」


アカネ「まあまあ、こういうとこのは、全部そんなもんよ。知らんけど」


 アカネはイメージだけで言い切った。


アカネ「じゃ、そういうことで、温泉行こう!」


リン「!?


 ボ、ボクは、部屋風呂で十分なので……」


アカネ「えー?もったいな!


 この、隠れ家できるまでの居場所と資金稼ぎに温泉宿でのんびりしようぜ作戦の、最重要項目なのに?」


リン「……まあ、3日後のチェックアウトまでにお金用意できなきゃ、ただの無銭飲食&宿泊ですが……」


アカネ「そんときゃ、スーパーハッカーリンちゃんが、たたたたた、たーんってね」


リン「何度も言ってるですが、ハッキングは魔法じゃない、です。


 何でも出来るわけじゃなくて、ちゃんと準備が必要で……」


アカネ「たたたたた、たーん……


 たたたたた、たーん……


 ……フッ……」


リン「あーもー!そんな風にバカにするなら、ボク何もしないです。しませんとも!


 3日後のチェックアウトを楽しみにしてると良いです!」


アカネ「やめるんだ!その自爆ムーブは、誰も幸せにしない!」


 プイッと顔を逸らしたリンが可愛くて、アカネは頭をなでた。


アカネ「まあまあ、怒んないの。


 温泉で背中流したげるからさ」


リン「!!


 ……いえ、ボクは部屋風呂なので……」


アカネ「えー?今ちょっとイイって思ったくせにー」


 リンは顔を逸らしたままだ。


アカネ「分かった。一人で行くけどー……


 リンちゃんいないと、間違えて男湯入っちゃうかもなー……


 乙女心が傷つくだろうーなー……リンちゃんいれば、止めてくれるんだけどなー」


リン「くぅ……なんでアカネの自爆は、ボクにダメージが入るですか……」


 アカネはリンの頭に、ぽんと手を置いた。


アカネ「さ、行くよ!


 ちゃんと最後まで、付き合ってもらうから!」

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