012_逃亡
男1「ちくしょう、いかれてやがる」
大量の一万円札。
アパートの4階からまき散らされたものを見て、刑事の男は悪態をついた。
男1「下手すると、けが人じゃ済まねえぞ……!」
風に乗って拡散する大量の一万円札に踊らされ、人混みは右に左にごった返す。
あちこちで歓声か悲鳴か分からない声が上がり、人々は我先にと舞い落ちる紙切れに手を伸ばした。
男1「全員、マル対の部屋に急行!札束散布をやめさせろ!
そこにハッキング犯もいる!」
携帯電話にたたきつけるように指示を叫んだ。ちゃんと通じているかも分からない。
だが、所轄の警察官は集団の外側から解散の呼びかけを行っていた。後輩はアパートの裏側を監視している。
駆けつけられるのは、自分しかいない……!
男はもみくちゃにされながら、なんとかアパートの入り口にたどり着く。扉に手をかけた瞬間。
男1「待て……」
ハッキング犯は本当に上にいるか?この後捕まるのが目に見えているのに?
だが、ここから誰も出て行っていない。自分はずっとこの入り口を注視して……
男1「くそっ!」
札が最初にまかれた時。何が起きているか理解できるまで。俺は上を見上げていた……
男は振り返って人混みに目を走らせた。
視界の端に、明らかにお札の落下地点から離れようとする人影が見えた。フードを被った頭が、群衆の中で見え隠れした。
男は直感した。あの人影こそ、この騒動を仕掛けた首謀者だと。
そして、その直感は正しかった。
男は人をかき分けて影を追う。遅々として進まないが、フードの人影の歩みも人混みに阻まれている。
小柄だ。男は強引に人を押しのけて手を伸ばす。
フードをつかんだ。かぶっていたフードが外れて、金に近いくらい薄い色の長い髪が現れた。
男1「警察だ!止まれ!」
フードの人影「チカン!助けてー!」
男の声は、フードの人影の声にかき消された。
女だ、若い女だ。このフードから絶対に手を放してはいけない……!
その刹那、手首に激痛が走る。噛みつかれている?人越しで見えないが、男は痛みからそう判断した。
金髪の女じゃない。もう一人いる……!
男1「大人しくしろ!」
フードが引っ張られて、男は姿勢を崩す。金髪の女が振り返った。一瞬、目が合う。
黒いマスクで顔を隠しているが、目元が見えた。意思の強そうな目。思った以上に若い。
金髪の女が平手を男の顔に打ち付ける。
男は目を閉じて堪えた。大丈夫、大した反撃じゃない。これなら確保できる……!
そう思った瞬間、ガクンとフードが軽くなった。
フードの服を脱いだのだ、と理解したときには、遅かった。
男1「うわっ……!」
金髪の女がこっちに向かって何か投げた。1万円札をばらまいたのだ。
お札が落下する地点からはやや遠いここに、不意にわいたお札の散布。一気に付近の人が集まって、男はその渦に巻き込まれた。
金髪の女は人混みに消えていった。




