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きらきらしたもの

 春の到来。それは新しい生活の象徴。

 この世界には魔法がある。世間にはほとんど知られていないけれど。海神(わたつみ)高校の新入生である、淡井(あわい) 美雪(みゆき)は魔法を知るこの世で数少ない人物だ。

 魔法といってもなんでもできるわけではない。魔法は古より続く学問の一つだ。ただ、近代化に伴い科学に負けてしまい、今は一部の人に受け継がれているに過ぎない。

 美雪の家はそんな魔法を代々受け継いできた家系だった。


 新しいクラスは1年H組、席は窓側の前から2番目であった。担任の先生は優しそうで、クラスの雰囲気も良い。ここで1年間やっていくのだと思うと胸が高鳴った。

 最初の一時間は自己紹介に充てられた。最初の人が名前、出身中学校、好きなもの、入ろうとしている部活、趣味等をテンポよく言っていた。ギャル風の子でノリがよく、美雪はその流れに乗れる気がしなかった。

「は、はじめまして、淡井 美雪です。出身中学は海神市立浜岡中学校で、好きな物は本、入ろうとしている部活は文芸部で、趣味は歌うことと読書です。よろしくお願いします。」

 前の子との落差が激しく、逆に恥ずかしい。そう思いながら、自己紹介をすると少しでも立っている時間を短くしたいと言わんばかりにさっさと座った。

 真後ろの子は黒髪の好青年で美雪が座ると堂々と立ち上がった。

「はじめまして、小波(さざなみ) (あきら)です。出身中学は海神市立潮汐中学校で、好きな物は魔法、部活は既存のものには入るつもりはなく、新しく魔法研究部を創設するつもりです。趣味は魔法探究、よろしく!」

 好青年だったのだろうか。最初の雰囲気に騙されていたのかもしれない。彼は変だ。変人だ。

「魔法?なんだそれー。」

 クラス中が騒がしくなる。当然だ。魔法などと。ほとんどの人にとってはファンタジーだ。

 とんでもない人が後ろに来てしまったと、美雪は周囲にばれないようにしながらも内心びくびくしていた。


 入学して初めての放課後が始まった。

 皆部活動勧誘に躍起になっており、看板を持った上級生が大声で叫んでいる。

 美雪は迷わず文芸部のところへ向かった。他の体育会系の部活とは違い、声も小さく、存在感が薄いのが逆に目立っていた。

 そこに向かって歩いていると、誰かから呼び止められた。聞き覚えのある、爽やかな男の人の声だ。

 振り向くと魔法研究部を創設すると豪語していた彼、小波 晶がこちらに向かって走ってきた。

 美雪は怖くなり、何も見なかったことにして無視を決め込み、再び歩き始めた。

「ねぇねぇ。淡井さん!淡井さんってば!聞こえているんでしょう?」

 聞こえていません。聞こえていません。聞こえていません。聞こえていません。

 気が付けば美雪は心の中で呟きながら走っていた。

 しかし、脚力で男子に勝てるはずもなく、あっさりと追い付かれてしまった。

 晶の手が美雪の腕をがっちり掴んで離さない。

「な、なんですか⁉あなた…。」

 息切れしてうまく話せない。

 汗をぬぐいながら、大きく息を吸い込むと下を向いていた顔を晶の方へ向けた。

「ねぇ、淡井さん。魔法知っているでしょ。」

 それは質問ではなく、確信であった。

「淡井さんのその髪飾り、魔法で作ったものでしょ。」

 ばれていたのかと美雪はショックを受ける。

 この(ひと)、空想を言っていたのではなくちゃんと魔法を知っている人間だ。

「なぁ、頼む!一緒に魔法研究部を創ろう!部員が最低でも5人必要なんだ。今俺一人しかいなくて…。」

 晶は手を合わせながら美雪に頭を下げた。

「わ、私は自己紹介の時に話した通り、文芸部に入るんです…。」

「掛け持ちでも構わないから!」

 晶は美雪の目をじっくりと見つめる。その顔はとてもきらきらしていた。

 美雪は押しに弱い。そのまっすぐな瞳を向けられるとなんだが断ることに罪悪感を感じてしまった。

「ま、魔法研究部に入ります。」

「よっしゃー‼」

 美雪の返事を聞いてガッツポーズをする晶。

「でも先に文芸部に入る手続きだけすましてもいいですか?」

「おう!いってら~。」

 美雪はようやく解放されたと思いながら再びとぼとぼと歩き始めた。


「あと部員二人必要なんだよな。」

 晶は魔法研究部のポスターを学校の掲示板に張りながらつぶやく。

 その近くには無理やり同行させられた美雪が立っていた。

「二人?三人じゃないんですか?」

 美雪は首をかしげる。

「あぁ、あの後もう一人見つけたんだ。あとで紹介するよ。」

 美雪は「じゃあその子に同伴させればいいのに」と内心思いながらもそれをぐっとこらえる。

「どうして、魔法研究部を創ろうと思ったんですか?」

 会話を途切れさせないよう、というのもあるが、魔法研究部創設の理由について、自分が巻き込まれたのだから知っていてもいいだろうと思った。

「うーん、まあ好きだからと言ったらそれまでなんだけど。」

 少しの間沈黙が続いた。

「魔法ってもうほとんど絶滅しているようなものじゃん。もうほとんどの人が魔法を信じていない。そりゃあ、利便性だけなら科学技術には勝てないんだろうけど。でもそれじゃあもったいないじゃん。魔法ってすごくきらきらしているでしょ。そのきらきらを皆に見てもらいたいんだ。」

 きらきらしている。魔法に対するその気持ちはとてもよく分かる。きらきらしていて、綺麗で、素敵だ。

 皆に見てもらいたい。そんなこと考えたこともなかった。

 魔法で皆が笑ってくれたら、そう思ったらこの部活に入るのもいいのかもしれないと、なんだか入部に前向きになれたような気がした。

「あと淡井さん、敬語禁止。俺たち同級生なんだし、何よりこれから同じ部活の仲間として活動していくんだから。」

 晶は美雪がずっと敬語だったことを気にしていたようだ。美雪は大して気にしていなかったのだが、もしかしたら距離を取られているように感じていたのかもしれない。いや、実際に距離を取っていたのだろう。

 仲間。仲間か。なんだか照れくさい。自分のことを仲間だなんて言ってくれる人、他にいるだろうか。そうだ。仲間なら一歩踏み出さなくちゃ。

「うん、私頑張るよ!…ありがとう、小波君。」

 美雪は付き物が落ちたように朗らかな笑顔を晶に見せていた。

 きらきらしたものが書きたかった。

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