デバフ魔法スロウを極めたら優秀すぎた part2
同名の作品の続編になります。
よろしければ、前作もお読みください!
長期連載に向かない作品ですが、今後も気の向くままに単発していこうかと思います。
ゆるりとお読み頂ければ嬉しいです!
「えーと。今日はどんな依頼を受けようかな」
「これはルナ様。おはようございます。本日もよろしくお願いします」
「ミミさん。おはようございます」
冒険者ギルドのカウンターで依頼を探す彼女はルナ。元宮廷魔術士で訳あって(クビになって)冒険者をしている。
「そうだ、ミミさん。フィンブルって冒険者知ってる?」
「ダメですよ。いくらA級冒険者様だからってギルドが冒険者の情報を他言することはありませんよ」
ミミと呼ばれた彼女は猫の獣人で、ここ冒険者ギルドで受付をしている。明るい性格とスタイル抜群の容姿のため、彼女目当てで依頼を受けに来る冒険者は後を絶たない。
「ん~それなら、伝言お願い出来ないかな?」
「まぁ、それくらいならいいですよ。でもなぜ?」
「いや――。恥ずかしながらこの前、迷宮で助けていただいたのに、まだお礼も出来てなくて」
「――ルナさんを助けた?」
「ええ、そうなんです。あっ私この依頼受けます!」
ルナがとった木札には【難易度B レゼルヴァ伯令嬢の護衛 金貨1枚(ただし、採用試験あり)】
「あっ……そちらの依頼は」
「どうしたの? 護衛するだけなのに難易度Bってのが気になるけど、金貨一枚は破格よね」
「えっと……分かりました。手続きをしますので冒険者カードの提示を」
歯切れの悪いミミに違和感を覚えつつも、ルナは依頼を受注。
ミミにフィンブル宛ての伝言を伝えると、早速依頼者の元へと向かった。
〓〓〓〓〓
ワイナリーを営むレゼルヴァ伯邸。その広間には、十人ほどの兵士が無造作に積み上げられていた。まるで哀れなトーテムポールのような光景を生み出したのは、ルナである。
元宮廷魔術士としての技量を遺憾なく発揮した結果に、館の主であるレゼルヴァ伯は目を見張り、即座に彼女を採用した。
しかし、レゼルヴァ伯が語った依頼内容はギルドで聞いた内容と少々異なっていた。
「ルナ殿。宮廷魔術士としての腕前を信じ、お願いがあります。我が娘、シャロットをどうかお救いください」
「……え? あの、レゼルヴァ様。依頼は護衛では?」
「ええ。少し込み入った事情がありまして。ここでは話せませんので、どうぞ中へ」
ルナは応接間へと通された。
「ルナ殿、お酒は嗜まれますか?」
「ええ。十四歳で飲める年齢になってから時折。実は今回の依頼を受けたのも、レゼルヴァワイナリーの葡萄酒が好きだったからです」
「それは光栄です」
「あの、それで……」
「ええ、実は来週、新王即位に伴い、宮中御用達の葡萄酒を決める品評会が半世紀ぶりに開催されるのですが、その準備の最中、我が娘シャロットが何者かに誘拐されました」
「誘拐!?……それで犯人の要求は?」
「当家所蔵の葡萄酒【氷結の雫 1970】の引き渡しです」
「1970年といえば、史上最高の当たり年ですよね? しかも今から半世紀も前のヴィンテージもの」
「ルナ殿は当家の葡萄酒について本当にお詳しい。そのとおりです。1970年は当家躍進の契機となった年であり、同時に先代国王が即位された年でもあります」
「それで、【氷結の雫】ってたしか?」
「ええ。先代国王が最も愛した葡萄酒です。当家の地下深くには決して溶けない氷室があり、そこで最適な温度と湿度のもと、大切に保存してきました。そして、重要な催事のたびに王家へ献上してきたのです」
「すごい……。半世紀も前の葡萄酒がまだ保管されているんですね」
「ええ。ただし、残りはたった一本。それを新王即位の折に献上し、王家の伝統を存分に味わっていただこうとしていた矢先、娘が……」
「出品辞退を要求してこないところが嫌らしいですね」
「ええ。当家が辞退すれば騒ぎが大きくなりますから。【氷結の雫1970】の出品を阻めば品評会で勝てると踏んでいるのでしょう」
「つまり、黒幕はレゼルヴァ伯のライバル貴族?」
「……おそらくは。当家は長年、宮中への葡萄酒献納を一手に担ってきたため、少なからず恨みを買っていることは承知しております」
「なるほど……。それで、【氷結の雫1970】を渡さず、娘を奪還してほしいと?」
ルナの眉がわずかに寄る。
貴族の争いに巻き込まれるだけでも厄介だが、王家が絡むとなれば、背後にどんな思惑が渦巻いているかわかったものではない。これで報酬が金貨一枚では、とても割に合わない。
「申し訳ありませんが……」
ルナが断りかけたその時、レゼルヴァ伯は突然、その場にしゃがみ込み、額を床に擦りつけた。
「娘は、まだ五歳なのです。【氷結の雫1970】は渡して構いません。王家との取引も、すべて失ったとしても亡き妻の忘れ形見である娘だけは、何があっても無事に連れ戻したいのです。
報酬も言い値で構いません。どうか、娘をお助けください」
ルナは言葉を失った。レゼルヴァ伯ほどの人物が、ここまでして娘を救いたいと懇願するとは。
血に塗れた貴族間の争いには巻き込まれたくはない。しかし、それ以上に、目の前の男が貴族ではなく、一人の父親として娘を救おうとしているのを見て、ルナは決断した。
「……わかりました! ルナにお任せください!」
〓〓〓〓〓
場所は王都から西に進んだ渓谷地帯のとある一角。そこでルナは20人ほどの山賊と相対していた。
「へっ、まさか女が一人で交渉に来るとはな……レゼルヴァも落ちぶれたもんだ。貴族様が、こんな小娘にすがるとはな!」
パシン、パシンと蛮刀を無造作に弾きながら、男は薄汚れた歯をむき出しにしてニヤリと笑った。細めた目は獲物をいたぶる獣のように鋭く光り、口元には嘲るような歪んだ笑みが浮かぶ。ルナの顔を上から下まで値踏みするように眺めると、わざとらしく大きく舌なめずりをした。
「ふん。なんとでも言いなさい。それよりも、シャロット様の安否確認が先よ!」
男が目配せをすると岩屋の陰から一人の少女が連れ出された。
「―――!!!!」
月夜が照らすその可憐な少女の顔は、レゼルヴァ邸で見た肖像画の少女に違いなかった。しかし、ルナの驚きはそれが理由ではなかった。
「ーーフィンブル!! あなた、何やってるの?」
「おお、ルナさん。お久しぶりです」
ルナの命の恩人であるフィンブルが、少女と手をつなぎながら、もう片方の手でのんきに手を振っていた。
「待って、本当にフィンブルなの? あなた、どうして悪党の手先になってるのよ?」
「えっ? だって、依頼を受けましたので」
「なんだぁ、お前ら知り合いか?
こいつはなぁ、俺らの用心棒なのさ。
どんな迷宮も踏破しちまう、裏の世界じゃぁ知らねぇやつはいない世界最高のダンジョントラベラーのフィンブルさ。
女ぁ、諦めな。そしたら優しく剥いてやるからよ。ひゃはは!!」
「ーーフィンブル、本当なの?」
「はい」
フィンブルは飄々とした表情のまま、瞬き一つせずに答えた。
「あなた、最低ね。恥ずかしくないの?」
ルナが冷たい視線を投げかけても、フィンブルは微動だにしない。それどころか、山賊の頭と思しき男に顔を向けると、
「お頭さん。僕の報酬は、この魔術士でもいいですか?」
「なっ!!」
「あん? ひひっ、知り合いを犯るのも面白ぇからなぁ。じゃあ最初の晩はてめえにくれてやる。それでどうだ?」
「じゃあ、交渉成立ですね」
「……あなた、最低なクズ野郎だったのね。私がバカだったわ」
ルナは氷のような視線をフィンブルに向け、ゆっくりと杖を構えると、
「――――!!」
無詠唱で放たれた氷の弾丸が、フィンブルの顔めがけて射出された。
しかし、フィンブルにぶつかる直前氷の弾丸は勢いを失い空中で制止した。
「……スロウ」
「ええ。初級のデバフ魔法です。大人しく捕まっていただけるとありがたいのですが?」
「ふん――やれるものなら、やってみなさい!!」
「――地獄沼」
ルナの短い詠唱により、周囲の地面が沼へと姿を変えた。ルナは魔術でふわりと空中に浮かぶと、
「スロウしか使えないあなたにその沼から抜ける術は無いわ。降参しなさい」
「ん? いえ大丈夫です。僕には効かないので」
氷の声音を向けるルナとは対照的にフィンブルはのんきな姿勢を崩さない。少女を抱き抱えたまま平然と泥の上に立っていた。
「なっ!!」
「スロウで沈む速度を遅くしました」
『てへっ!』という吹き出しが突きそうな笑顔がルナに返される。
「では!!」
信じがたい光景にルナが呆然とした瞬間、フィンブルの杖がルナに向けられていた!
「スロウ」
「クイック!!」
フィンブルの詠唱に合わせ、ルナは咄嗟に反対魔法でレジストにかかる。これで、自身の速度は低下しないはず。
――しかし、その目論見は脆くも崩れ去る。
「――がっ!!」
「あまり無理に呼吸しない方がいいですよ。スロウでルナさんの周りの空気を遅くしました。なので、身動きも呼吸も出来な―――」
ルナの意識はそこで途切れた。
〓〓〓〓
「ひーひひ。フィンブルの野郎、中々激しいじゃねぇか」
「おっ、お頭、たまんねぇですねぇ」
「そこだ、もっと突けぇ!!」
「――やぁ。やめて。せめて、やさしく……」
「ルナさん。これ、飲んで」
「だめ、こんな大きいの無理……うぇ!!苦っ!! ぺっ、ぺぺッ!!」
冷たい水底に沈んでいたようなルナの意識が、一気に浮上する。
「あっ! 起きた。おはようございます」
「フィンブル? ――まだ、するの?」
「えっと……。今、ファンシートレントの茎頭花から作った香を焚いてます。この香は淫靡な想像を掻き立て、幻覚を見せる効果があります。なので、山賊さん達はこのとおり夢の中です」
ルナが周囲を見渡すと、山賊たちは恍惚の表情を浮かべ、涎を垂らしながら地面に横たわっていた。そして、ようやく口の中が異様に苦いことに気づく。
「強めの気付け薬を使いましたが、まだ少しぼーっとするかもしれません」
そう言いながら、フィンブルは水の入ったコップを差し出した。
「夢だったの?――コホン。ねぇ、フィンブル。ひょっとして、あなた……こいつらの仲間になってたわけじゃないの?」
「まさか。ギルドのミミさんに頼まれて、山賊に盗まれたお宝を取り返すために潜入していたんですよ」
「えっ? でも、ミミさんからそんな話――」
「ミミさん、口堅いから」
「じゃあ……シャロット様を連れ帰ってもいいの?」
「もちろんです。早くレゼルヴァ様の元へお返ししましょう。でもその前に――【氷結の雫1970】をください」
「ダメよ! これは最後の一本なのよ。悪党にくれてやる必要なんてないわ!」
「いえ、大丈夫。僕に考えがあります。任せてください!」
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(ちっ!! 山賊どもがシャロットを逃がすとは……まぁ、いい。幻の葡萄酒【氷結の雫1970】が手に入ったのだ。この酒のラベルを張り替えて出品すれば、勝利は間違いない)
品評会の会場で薄ら笑いを浮かべるのは、クルエント伯。レゼルヴァ伯と並ぶ、この国有数のワイナリーを所有する貴族であり、今回の事件の黒幕だ。
「――次は、出品番号7番、クルエント伯。半世紀前より熟成され、この日のために秘蔵され続けた珠玉の一本、【氷河の雫1970】です」
「審査員の皆様、この一本は史上最高の当たり年と名高い1970年の逸品でございます。1970年といえば、レゼルヴァ伯の【氷結の雫】が最も有名ですが、実は当家にも隠されておりました。当家が誇る珠玉の一本を、どうかお楽しみ――」
「――待て! 1970年の品とは真か?」
饒舌に語るクルエント伯の言葉を遮るように、場内の奥から鋭い声が響く。その声の主は、深紅の絨毯の先、玉座に座していた。
そう、新王だ。
新王はゆっくりとグラスを手に取り、琥珀色の液体を傾けた。
「ほう……見た目は申し分ないな」
鼻先に寄せ、深く香りを確かめる。果実の甘さと重厚な香り――だが、王の表情が僅かに歪んだ。
そのまま、静かに一口含み、余韻を確かめると、王の瞳が鋭く光り、
「……これは、駄作だ。次」
「なっ!お待ちを王!!一体どこが?」
「――――!」
王は答えを返さず、冷たい視線を返した。その視線にクルエント伯は力なく項垂れ崩れ落ちた。
「次は、レゼルヴァ伯の【大河の一滴2020】になります」
品名が呼ばれた瞬間、会場にどよめきが走った。
その葡萄酒があまりにも若すぎたからだ。
「レゼルヴァよ、貴様の一族は、先王の時代から優遇してやったというのに。正気か? それとも余を愚弄しておるのか?」
玉座へ戻ろうとしていた新王の足が止まり、出品者であるレゼルヴァ伯を鋭く睨みつける。
「いえ、恐れ多くも新王よ。この一品こそ、先代陛下が愛した【氷結の雫1970】を超える品でございます」
「何? 熟成もされていない葡萄酒が美味いわけがなかろう。やはり余を馬鹿にしておるな」
会場に張り詰めた空気が広がる。
その中で、ただ一人。クルエント伯だけは目を輝かせていた。
(これは……もしや勝機があるのか? てっきり1970年に次ぐ当たり年、1994年か2004年の品を出してくると思いきや……くっく!!)
「良かろう。そこまで言うならば、所望しようではないか」
新王はそう言うと、再びグラスを手に取った。
「――ん? この長い年月を重ねたような色合い、そして芳醇なこの香り……」
新王は期待と疑念が入り混じった表情のまま、ゆっくりとグラスを傾けた。
「美味い……。まるで百年は熟成された様な深みがあるぞこの酒は!!」
「王よ。あなたが即位される年に誕生した葡萄酒は、この国と同じで、今後年月を重ねる毎に更に深みを増していきます。
当家はこの最高の品を千本でも二千本でも用意しております!」
王の綻ぶ笑みが、勝負の行方を決定づけていた。
〓〓〓〓〓
「ねぇ、フィンブル教えて?」
「何をですか?」
「何って、レゼルヴァ伯の葡萄酒にフィンブルが何かしたんでしょ?」
「ああ、そのことですか!」
誘拐されたシャロットを連れ帰った夜、フィンブルはレゼルヴァ伯と密談を交わしていた。
ルナも参加したかったが、シャロットに懇願されてしまった。
「こわかったから、お姉ちゃん、一緒に寝て」と、
そのまま添い寝をしているうちに、うっかり朝まで眠ってしまったのだ。
「スロウを使って葡萄酒を熟成しました。今年は1970年にも匹敵する、最高の当たり年だったので!」
「は?」
「だから、スロウです!」
「……だからもっと詳しく、丁寧に、分かりやすく!」
「あはは、ルナ、それ全部同じですよ!」
「もぅ、ちゃかさないでよ! なんで動きを遅くするスロウを葡萄酒に使うと美味しくなるのよ?」
「いえ、遅くしたのは光です」
「?」
「えーっと……。ざっくりいうと光と同じ速さで移動すると時間が遅くなって、未来に行けるんです。
だから、光を遅くして時間を飛ばして【大河の一滴2020】を熟成させたんですよ。もちろん保存に適した氷室の中で!
逆に【氷結の雫1970】は常温で少しだけ時間を飛ばしておきました。奴らがラベルを張り替えるのは聞いていましたので。
王が駄作といったのは保存状態が悪くて風味が劣化したのに気づかれたからですね」
「ーーあなた、本当に何者なの?」
「あはは。僕は、ただの宮廷魔術士試験の落第者ですよ」
「はぁ……。ま、まぁ、いいわ。それより……こ、今夜時間ある?」
「ええ。空いてますよ」
「えっと、その。。あの……なら、この前のお礼をさせて。私、美味しい葡萄酒が飲めるお店、知ってるの」
「えっ。僕、下戸ですけど」
「飲めんのかい!!」
おわり