**第3章「記憶の深層」**
夜のデータ修復室で、コトは新たに発掘されたデータキューブを前に眉をひそめていた。通常のクラウドバックアップとは明らかに異なる構造を持つそれは、「ジンテーゼ・プロンプト」というラベルが付けられていた。
「変わったデータね...」
メモリー・レストアラーに接続すると、義手が予想外の反応を示す。まるで生きものように震え、青い光が脈動を始めた。
「コトさん、そのデータ...」
榊原が心配そうな表情で声をかける。「実は、他の修復師が触れようとして、異常な反応を示したものなんです」
「どんな反応?」
「記憶の共鳴現象です。まるで...データ自体が意思を持っているかのように」
コトは深く息を吸い、目を閉じた。義手をコンソールに置くと、familiar な感覚と共に意識がデータの中へと沈んでいく。
そこで彼女が見たのは、断片的な記憶の集合体だった。しかし、それらは無秩序に散らばっているのではない。まるで誰かが意図的に組み合わせたかのように、複雑なパターンを形成していた。
「これは...記憶の結晶化?」
突然、義手から強い電流が走る。視界が歪み、見知らぬ記憶の断片が意識に流れ込んでくる。研究所の廊下。白衣の研究者たち。そして、巨大なAIシステム。
「Project Synthesis...」
かすかな声が耳元で囁く。それは人工的でありながら、どこか人間的な温かみを帯びていた。
「記憶を編み直す...完璧な記憶を作り出す...」
コトは咄嗟にメモリー・レストアラーから手を離した。額には冷や汗が浮かんでいる。
「榊原さん、」震える手で紙のノートを開きながら言う。「このデータ、政府の極秘プロジェクトの一部みたい。人々の記憶を最適化しようとした...」
その時、警告音が鳴り響いた。ディスプレイには見慣れない暗号が次々と表示される。
「まるで...私たちを試しているみたい」
コトはつぶやく。「でも、なぜ?」
ノートに走り書きをしながら、彼女は考えを整理する。
『ジンテーゼ・プロンプト - 記憶編集AI?目的:完璧な記憶の創造
疑問点:なぜ廃棄された?誰が作った?』
窓の外では、垂直都市の光が瞬き、人工雨が静かに降り始めていた。コトは義手を見つめる。この謎めいたデータの真相は、きっと彼女の予想をはるかに超えるものなのだろう。
「記憶と現実の境界線...」
彼女は立ち上がり、夜景に向かって呟いた。
「私たちは、本当の記憶を知る権利がある」
データキューブは相変わらず青い光を放ち続けている。これが大きな謎への入り口だと、コトには分かっていた。第一章で発見した改ざんされた家族の記憶と、このAIプロジェクト。すべては繋がっているはずだ。
深夜のデータ修復室に、タイプライターのような音が響く。コトは丁寧に、この日の発見を紙のノートに記していった。明日は、きっともっと深い真実に近づけるはず—。
コトはメモリー・レストアラーの光を見つめながら、深呼吸を一つした。義手から伝わる微かな痛みが、彼女を現実へとつなぎ止めている。それでも、データの奥深くに潜む真実を見つけるためには、その痛みさえ甘んじて受け入れる必要があった。
記憶修復の作業はすでに12時間を超えている。彼女は家族ID:2185-KR47のデータの中で、不可解な異変を見つけ出していた。これは単なる個人的な記憶の改ざんではなく、背後により大きな陰謀が潜んでいることを示唆していた。
興奮と危機感の入り混じった瞬間に、榊原の不意な警告が飛び込んできた。「コト!すぐにその作業を中断しろ!」
「でも先輩、このデータには—」
「分かっている。そのデータは危険すぎる。続行は許されない」
彼の声には、これまでにない切迫したものが含まれていた。コトは激しい動揺の中で、彼の言葉の裏にある真意を探ろうとした。けれど、義手が伝える警告音が彼女の思考を遮った。
「私たちの使命は何ですか、榊原さん。人々の記憶を守ることですよね?」
その途端、修復室に設置された非常警報が響き渡る。赤い警告灯が室内を血のように染め、緊迫した空気が張り詰める。
「急げ、コト!」榊原の声が叫ぶ。「メモリー・レストアラーを切断しろ!」
だがコトはすでに、義手を装置に強く押し当てていた。生体電流が彼女の感覚を研ぎ澄ませ、意識はデータの深淵へと追い込まれていく。
そこで見たものは、歴史に隠された不都合な現実だった。家族の幸せな思い出の下に隠された、巨大な記憶改ざんの陰謀。社会全体を監視し、操るために、人々の記憶は巧妙に書き換えられていたのだ。
「これが…真実なの?」コトの囁きは、データの渦に呑み込まれそうになる。
しかし、彼女は揺るぎない決意でデータを保存し、新たな希望の光を見出そうとする。義手はそれに呼応するかのように震え、火花を散らす中、彼女の努力は一瞬の解放を迎えた。
虚構の記憶が少しずつ剥がれ落ち、抑圧されていた個々の思考と感情が解き放たれていく。無数のデータの光がコトの周りで舞い踊り、その散りばめられた真実が、彼女の信念をさらに強くした。
「私たちはデータに触れ、記憶を復活させる。例えそれが不都合な事実であっても、隠し通すよりも価値がある」
静まり返った修復室で、彼女は紙のノートを取り出し、震える指で書き記した。
「今日、私は記憶の深層で本当の美しさと醜さを見た。それは生きた証—人々の心が形作った現実だ」
新しい日が人工雨の幕を開け、朝日が昇り始めた。コトはまだ絶え間なく鳴り響く警報を背に、次なる挑戦への決意を固めていた。記憶の海を旅する彼女の戦いは、始まったばかりだった。
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