表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/100

63.真相


 駆け付けたエリスの前で、アレクシスは静かに告げる。


『リアム。お前にはここで死んでもらう』


 降りしきる雨に打たれながら、リアムとオリビアを冷たく見下ろし、選択を迫る。


『オリビア、お前はどうする? 兄と共に逝くか、今すぐ選べ』



 ――その光景を目の当たりにしたエリスは――。




 ◇◇◇




「……っ!」


 ――ハッ、と瞼を開いたエリスの視界に映ったのは、見慣れたベッドの天蓋だった。



 ここはエメラルド宮のエリスの寝室である。


 侍女が開けてくれたのだろう、カーテンの開かれた窓からは燦々さんさんと日が降り注ぎ、気持ちのいい朝の訪れを示している。


 つまり、今のは、夢――と言いたいところだが、今のワンシーンは、正真正銘、現実に起こったことだ。



「……また、あの日の夢」


 エリスは両手で顔を覆い、「はぁー」と大きく息を吐いた。


 決闘が行われてからちょうど一週間。

 アレクシスのあのときの台詞は、すべてが誤解だったと判明したにも関わらず、聞いた瞬間のショックが大きかったせいか、まだこうして夢に見てしまう。



 ――それにしても。


(殿下も、起こしてくださればいいのに)


 隣には、昨夜共に眠りについたはずのアレクシスの姿は無く、時計の針が九時を回っていることからも、既に宮を出てしまっていると予想がついた。


 というのも、決闘が終わった翌日から、疲れが出たのかエリスはなかなか朝起きられず、アレクシスはそんなエリスを気遣ってか、ひとりで朝食を済ませて出てしまう日が続いているのだ。


 エリスが「見送りたいので起こしてほしい」と頼んでも、「無理はしなくていい」と、取り合ってもらえない。

 侍女たちからも、「眠り悪阻という言葉もあるくらいですから、殿下の仰るとおりになさった方が」と言われてしまい、結局この一週間、エリスは一度もアレクシスを見送ることができないでいた。


(殿下がお優しいのはわかるけれど、ここまで気を遣われると、逆に居心地が悪いのよね。でも、わたしにそんなことを言う資格がないのは、わかってる)


 エリスは一週間前、夢に見たあの場面の直後、ショックのあまり気を失ってしまったのだ。


 シオンが咄嗟に身体を支えてくれて大事には至らず、幸い三十秒ほどで意識を取り戻したから良かったものの、その場にいた全員に心配をかけてしまった。


 その後すぐに、アレクシスの言い放った『死』の意味が誤解だったとわかり、どれだけホッとしたことか。


 けれど、そんなエリスの中に芽生えた次の感情は、自己嫌悪だった。



(結局わたしは、最後まで殿下を信じることができなかった。本心ではずっと、殿下のことを疑っていたんだわ。……きっと、今も)


 わかっている。こんな気持ちになるのは、自分の心が弱いせいだと。


 それに今回の一件について、アレクシスは「全て俺の責任だ」と言ったが、エリスは、少なからず自分にも原因はあったのだと、強く自覚していた。


(殿下に、ちゃんと気持ちをお伝えしなきゃ。……この子のためにも)


 エリスは下腹部にそっと両手を当て、決意する。


 そしてようやく顔を上げると、窓の向こうの晴れ渡る空を見上げ、目を細めた。



「お二人は、そろそろあちらに着いたころかしら……」



 ◇



 一方その頃、アレクシスは宮廷内の執務室にて、セドリックと共に書類をさばいているところだった。



(あと数日はかかるかと思ったが、今日中にはどうにかなりそうだな)


 執務卓には、目を通さなければならない資料や、機密事項としるしの入った分厚い封筒がまだいくつも積まれているが、急ぎ裁可を下さなければならない稟議書類は残りわずか。


 アレクシスは、それらの書類をパラパラとめくりながら、安堵の息を吐く。



 二人は連日、決闘の為にさぼってしまった仕事の遅れを取り戻すため、普段より二時間早く宮廷に上がり、夜遅くまで仕事をしていた。


 決闘の後始末に加え、予定を繰り越していた軍法会議や他国の軍事関係者との面会など、かなり慌ただしい一週間だったが、無事乗り切れたのはセドリックのおかげと言えよう。


 セドリックは、演習から戻った翌日から決闘が行われるまでの一週間の間、夕方には帰宮してしまうアレクシスに代わり、出来うる限りの仕事を終わらせてくれていたのだから。

 

 ――それに。


「…………」


 アレクシスは手にしていた書類の束を机に置くと、右の一番上の引き出しを開け、A4サイズの茶封筒を取り出す。


 それは一見何の変哲もない封筒だが、中に入っているのは、リアムについての調査報告書だった。



(もう、一週間になるのか)

 


 アレクシスがこの書類を受け取ったのは、決闘前日の朝のこと。


 エリスとの夕食を経て、アレクシスがリアムについての処遇を考え直し始めていたところ、セドリックからこの茶封筒を渡されたのだ。


「殿下が心変わりをしたら、渡すつもりで調べておりました。無駄にならなくて良かったです」と。


 そこには、リアムの生い立ちについて事細かに記されていた。


 ルクレール家に引き取られてから、リアムが父親からどのような暴力を受けてきたのか。執事や昔の使用人たちの証言や、病院の診察記録カルテ


 他にも、死んだ実の母親のことや、育った孤児院の名前と住所。それに、その孤児院が火事で焼け落ちたときの当時の記録と、それから……。



「……『Lucaルカ』? これがリアムの本当の名前なのか?」

「はい。ランデル語で『光をもたらす者』と言う意味ですね。帝国語ですと、第四皇子殿下の御名みなLucasルーカスがこれに当たります。リアム様の母親は、ランデル王国出身だったのでしょう」

「……ルカ」


 アレクシスは繰り返す。が、正直違和感しか感じなかった。

 アレクシスにとってリアムはリアムであり、今更別の名前だったと言われても、大した意味を持たなかったからだ。


 だが、きっと、本人にとっては大いに意味のあるものなのだろう。


 ――それにしても。



「セドリック、お前、本当にこれを一人で調べたのか?」


 アレクシスには到底信じられなかった。

 たった五日で、それも夕方以降の短い時間で、これだけのことを調べ上げたなどとは。


 するとその問いに、セドリックは肯定も否定もせず、微かに口角を上げる。

 それはつまり、協力者がいるということを意味しており、アレクシスは全てを悟った。



(ああ、やはりそうか。……兄上め)


 こうなると、ジークフリートが今帝都にいることすら、クロヴィスの策謀なのではと思えてくる。

 その目的は不明だが、何もかもが、クロヴィスの手のひらの上のことのように感じてしまう。


 いや、事実、自分は転がされているのだろう。

 だが例えそうだとしても、やることは変わらない。


 今のリアムの置かれた状況からして、エリスの望みを叶える方法は、たった一つしかないのだから。



 アレクシスは腹をくくり、セドリックに命じる。


「お前はこれから遺体安置所に行き、若い男女の遺体を探してこい。できるだけ良い・・状態のものをな」

「……! 承知しました。衣類もこちらで手配しておきます。して、殿下はどうなさるのです?」

「ジークフリートに会いにいく。死人の受け入れ先が必要だからな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ