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48.違和感


 ――アレクシスが軍事演習から戻って早五日。


 その日も、いつも通りの朝だった。


 アレクシスと共に起床したエリスは、着替えを済ませたのち、アレクシスと朝食を囲む。

 朝食を済ませたら、宮廷に上がるアレクシスを見送るため玄関ホールに向かい、そこに待機しているセドリックにアレクシスを引き渡す。


 なお、『引き渡す』――という単語を使った理由は、アレクシスがなかなかエリスから離れようとしないからだ。


 この五日間のアレクシスは、そろそろ出なければ間に合わないという時間になっても、「やはり今日は休みにしよう」などと言って、エリスを抱きしめて放そうとしない。


 そんなアレクシスを宥めるのが、エリスの毎朝の仕事ミッションになっていた。



「殿下、そろそろお出になりませんと。セドリック様が困っていらっしゃいますわ」

「そんなもの、困らせておけばいいだろう」

「またそんなことを仰って。今日は殿下のお好きなミートパイを焼いてお待ちしておりますから」

「…………」

「ですから、早く行って早く帰ってきてください。ね?」

「…………はぁ、わかった。……仕方ないな」


 こんなやり取りを交わし、エリスはアレクシスの背中を笑顔で見送る。


「夕方には戻る。宮からは絶対に出るんじゃないぞ」

 という去り際の忠告に、拭えない違和感を抱きながら――。



 ◆



 ――「しばらく、宮の外には出ないでくれないか」


 アレクシスからそう言われたのは、五日前、演習から戻ったアレクシスと再会した、その日の夜のことだった。


 入浴後の眠りから覚めたエリスは、その後宮廷から戻ったアレクシスに、このように告げられた。


「俺のいない間に、また今回のようなことが起きたら困る。まして君は妊娠している身だ。この件が全て片付くまでは、宮内で過ごしてほしい」と。


「…………」


(この件、というのは、わたしの噂のことよね。つまり、噂が完全に鎮火するまで大人しくしていろ、という意味かしら……)


 決闘のことを知らされていないエリスは、アレクシスの言葉に少々の疑問を持ったが、懇願するようなアレクシスの表情を見て、頷かないわけにはいかなかった。


 それに、そもそもリアムとの一件は、「俺が戻るまで大人しくしていろ」とのアレクシスの言葉を守らなかった自分に責任がある。


 エリスはそのように考えていたため、アレクシスがそれで安心できるなら、と素直に従ったのだ。



 だが、一つだけ気になることがあった。


 それは、アレクシスがシオンの宮の出入りを禁止にしてしまったことである。



 それまで毎日宮にやってきていたシオンが、ホテルで別れてからというもの、一向に姿を現さない。

 手紙を出してみても、返事一つ寄越さない。


 そのことに疑問を持ったエリスがようやく昨夜、


「シオンについて、セドリック様から何か聞いておりませんか? ホテルで別れてから、音沙汰がないのです。手紙を出しても返事がなくて」


 と尋ねたところ、アレクシスは、


「シオンには、しばらくの間宮の出入りを禁じると伝えてある。君を無断外泊させた責任を取らせてな。手紙の返事がないのは、反省しているからなんじゃないのか?」と答えたのだ。


 ――その返答に、エリスは疑問を抱かざるを得なかった。

 


(どうして殿下は、シオンを出入り禁止にしたことをすぐに教えてくださらなかったのかしら。それに、返事がないのは『シオンが反省しているから』だと仰っていたけれど……でも……)



 果たして、あのシオンがそんな理由で手紙の返事を送ってこないものだろうか。


 ホテルで別れる前夜、エリスはシオンと一晩中共に過ごしたが、そのときのシオンの様子を考えると、とてもそうとは思えない。


 それに。



(ここ五日の殿下の愛情表現は……何だか、少し……)



 この五日間、アレクシスは日が暮れる前には必ず帰宮し、エリスと過ごす時間をたっぷりと取ってくれていた。


 エリスが宮の外に出るのを禁じている、その代わりのつもりだろうか。


 夕焼けに染まる庭園を散歩したり、読書するエリスの横に並んで座り、普段は決して読まない本を読んでみたり。

 アレクシスの好物を用意するエリスの様子を見るために、厨房に足を運んでみたり。


 当然、寝室も一緒。

 妊娠しているエリスの身体を気遣ってか、最後まですることはないのだが、スキンシップは以前にも増して増えている。



 そんなアレクシスの行動を、エリスは最初、自分を案ずる気持ちからくるものだと考えていた。

 あるいは、独占欲のようなものだろう、とも。


 けれど昨夜のことで、どうもそれだけではないのでは、という気になってくる。


 アレクシスが自分を大切に思ってくれているのは間違いない。

 だが、それ以外にも何か理由がある――そんな違和感が。



(……そう。例えば、わたしの気を、何かから逸らそうとしているみたいな)



 事実、アレクシスはこの五日間、一度たりともリアムの名を口に出さなかった。


 つまり、アレクシスはエリスに対し、『リアムの件にはこれ以上口を出すな』と牽制しているわけで。


 それ自体は、アレクシスの心情を考えれば不自然でもなんでもないが、しかし――。



(やっぱり、どうしても気になるわ。あの後、オリビア様がどうされたのかも気になるし……とにかく一度、シオンと話をしてみないと)



 宮の出入りは禁止されてしまったシオンだが、手紙のやり取りについては駄目だとは言われていない。

 送った手紙の返事はまだだが、もう一度送ってみよう。

 

 そう考えたエリスは、短い手紙をしたためると、侍女を呼びつける。



「お呼びでしょうか、エリス様」

「この手紙をシオンに届けてほしいの。直接渡して、その場で返事を書いてもらってくれる?」

「……直接、ですか?」

「ええ、直接よ」

「……わかりました。すぐに行って参ります」

「お願いね」



 ――侍女の返事に間があった様な気がしたが、気のせいだろうか。



「…………」


(まさか……そんなことはないわよね)



 エリスの心に湧き上がる、一抹の不安。


 それを振り払うように、エリスは小さくかぶりを振って、窓の外に広がるいつもと変わらぬ庭園を、ひとり静かに見下ろすのだった。

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