37.ジークフリートの介入
「……ジークフリート殿下」
――そう。
シオンが頼った人物とは、他でもないジークフリートだった。
実はシオン、三日前にジークフリートから一枚の絵ハガキを受け取っていたのだ。
『このハガキが届く頃には、僕は帝都にいるだろう。会いに来てくれると嬉しい。 ジーク』
そんなメッセージと共に、帝国ホテルの部屋番号が記されていた。
シオンは咄嗟にそのハガキのことを思い出し、ジークフリートに助けを求めたのである。
シオンは、息を吹きかけられた方の耳を手のひらで覆いながら、ジークフリートを恨めし気に見上げた。
「やめてください、怒りますよ」
「だって君、いくらノックしても返事がないんだもの」
「――っ! それは……、すみません」
「大丈夫、怒ってないよ。それどころか、僕は今最高に気分がいいんだ。君がまたこうやって僕を頼りにしてくれたことが、嬉しくてたまらない」
「……殿下」
ジークフリートはその言葉通り、嬉しそうに目を細める。
シオンは、ジークフリートにしては珍しい、柔らかなその笑みに、張りつめていた心の糸が緩んでいくのを感じた。
(正直、殿下のことはわからないことだらけだけど、突然押し掛けた僕らを受け入れてくれる懐の深さは、尊敬に値する)
今より三時間ほど前、突然ホテルに押し掛けたシオンら三人を、ジークフリートは驚きつつも快く受け入れた。
シオンは、帝国に渡って以来ジークフリートに連絡を送っていなかったことに罪悪感を抱いていたが、ジークフリートはそれについて責める素振りを一切見せず、それどころか、シオンとオリビアから事情を聞くなり、同情を露わにしたのだ。
「それは大変だったね。いいよ、何日でもここに泊まるといい。君たちの心が落ち着くまで」
などと言って、エリスのために医者の手配をし、エメラルド宮に何かしらの連絡は入れておくべきだと、ペイジボーイを呼ぶまでしてくれた。
(僕は、殿下の言動が全て善意であるとは思わない。それでも今の僕にとっては、唯一の救いだ)
シオンがそんなことを考えていると、ジークフリートが「ところで」と口を開く。
「ここは代わるから、食事をしておいで。ルームサービスが届いてる。僕はオリビア嬢と済ませたから、気にせず少し休むといい」
「……でも」
とても有難い申し出だが、今はエリスの側を離れたくない。
――そんな思いが透けて見えるシオンの肩を、ジークフリートは優しく叩く。
「心配いらない。エリス妃が目覚めたら、すぐに知らせるよ」
「…………」
「それに今の君、とても怖い顔をしているよ。まるで初めて会ったときの君みたいで、むしろ僕は興奮するけど……エリス妃はきっと、そんな君を見たら驚くんじゃないかな」
「……!」
ジークフリートの言葉に、シオンは全てを見透かされたような気がして、ぐっと口を噤んだ。
(確かに殿下の言うとおりだ。少し、頭を冷やした方がいいかもしれない)
シオンは躊躇いつつも、小さく頷く。
「わかりました。では、お言葉に甘えて……」
「ゆっくりしておいで。夜はまだ長い。考える時間は、たっぷりあるよ」
「……ありがとうございます、殿下。では、姉さんをよろしくお願いします」
シオンはジークフリートに礼を言い、静かに部屋を後にした。
一方、ジークフリートはその背中が扉の向こうに消えるのを最後まで見送ってから、未だ目覚めぬエリスの寝顔を、じっと見下ろす。
「……さて、と。本当はこういうやり方は好きじゃないんだけど、アレクシスの手前、傍観もできないし。ここはひとつ、エリス妃に頑張ってもらおうかな」
――と小さく微笑んで、エリスの肩をそっと揺り動かす。
「お目覚めの時間だよ、眠り姫。僕と少し、お話ししようか」