21.隠された真実
アレクシスは語った。
急ぎ手当てをしなければと人を呼ぼうとしたものの、オリビアに強く引き留められたこと。
それとほぼ同じくして、オリビアの様子を見にきたであろうリアムが現場に現れたこと。
アレクシスはリアムにオリビアの手当てを申し出たが、リアムはそれを断り、オリビアを連れ帰ってしまったことを――思い出せる限り、詳細に。
「あのときリアムは、はっきりと俺にこう言った。『この件は他言無用だ。オリビアは今日、ここには来ていないことにする。ルクレール侯爵への謝罪も不要だ』と。それに、翌日リアムから届いた手紙には『大した火傷ではなかった』と書かれていたし、オリビアが火傷をしただなんて、噂一つ立たなかった。だから俺は、治ったものだとばかり思っていたんだ。……それなのにまさか、二年経っても消えないほどの火傷だったとは……」
アレクシスの顔が、罪悪感に歪む。
アレクシスは、昔からオリビアが苦手だった。
しかしだからといって、オリビアに不幸になってもらいたいなどとは、一度だって考えたことはなかった。
『頼むから、別の男を当たってくれ』
そう願う程度のものだったのだから。
それなのに、自分のせいで不幸な結婚をさせると聞かされては、いくら女嫌いのアレクシスといえど、責任を感じずにはいられなかった。
「お前には隠していたが、俺はリアムが領地に引き下がるまでの間、何度も『オリビアとの結婚』を迫られたんだ。オリビアに怪我をさせた責任を取れ、と。だが俺は、そんなあいつの言動を卑怯な脅しだと捉えてしまっていた。『大した怪我ではないと言ったくせに、それを引き合いに出すのか』と」
とはいえ、もしリアムが素直に、オリビアを傷物にした責任を取れ、と迫ったところで、アレクシスは間違いなく受け入れなかっただろう。
オリビアは侯爵家の令嬢だ。
痕が残るほどの怪我といっても、手袋で隠せるくらいの程度なら相手には困らない。ルクレール侯爵家と縁を結びたがっている貴族は、ごまんといるのだから。
つまり、たとえ強く出たとしても、「そんなに言うなら、別の相手を用意してやる」と返されるのが関の山。リアムだってそれがわかっていたから、敢えて控えめな言い方に終始したのだろう。
それに、話を聞く限り、火傷の件は事故である。
オリビアを突き飛ばしたアレクシスには当然責任があるが、アレクシスの女嫌いを知りながら、腕を掴んだオリビアにも同じだけ責任がある。
基本的にアレクシスびいきのセドリックは、今の話を聞いてそう判断した。
(……にしても、これでようやく話が繋がった)
セドリックは、三ヵ月前の建国祭のことを思い出す。
それはアレクシスがエリスとのデートの為に本部を離れ、一時間が過ぎたころのこと。
本部に「川に子供が二人落ちた。それを助けようと、ご婦人と共にルクレール中尉が川に飛び込んだ」との一報が入り、セドリックは海軍兵数名を引き連れて急ぎ現場へと向かった。
だが、到着したときには全てが終わったあとだった。
現場の兵士たちによれば、子供は二人とも救助され、命に別状はない。今は近くの救護所で手当てを受けているとのこと。
けれど、安心したのも束の間、続けざまに語られた内容に、セドリックは唖然とすることになる。
なんと、子供を救助した婦人というのが、エリスだというのだ。
救助活動を終えたエリスとリアムの元にアレクシスが現れ、リアムに「俺の妃に手を触れるな」と牽制したことで、周りはエリスの正体に気付いたと。
更にアレクシスは、「オリビアを妃に迎えるつもりはない。よく覚えておけ」などと言い残していったという。
(つまりは、殿下がリアム様に牽制した……ということか? だがそうだとしても、『オリビア様を娶るつもりはない』と宣言する理由にはならないと思うが……)
状況に理解が追いつかず、セドリックは考え込む。
せめてこの場にリアムが残ってくれていれば、直接話を聞くこともできたのに――と思ったが、リアムは既に持ち場に戻ってしまった後だったため、結局、決定打は見つけられないままだった。
――が、今になってようやくその謎が解けた。
アレクシスは、リアムから何度も『オリビアとの結婚』を迫られていた。
つまり、建国祭でのアレクシスの言葉は『れっきとしたお断りの返事』だったというわけだ。
(……話は繋がった。繋がったが……しかし、これは……)
この二年間、度々抱いてきた違和感。
それが解消されたことに、セドリックは一度は気を緩めたものの、再び気を引き締める。
疑問は晴れたが、だからと言って、この問題が解決されたわけではない。
それに……だ。
「殿下はお気付きにならなかったのでしょうが、リアム様はずっと、殿下をお守りくださっていたのだと思いますよ」
「……何?」
唐突に突いて出たセドリックの言葉に、アレクシスは眉をひそめる。
「守っていただと? リアムが、俺を?」
「はい。二年前のあの日、リアム様は『他言無用だ』と仰ったのですよね? 実際その言葉どおり、オリビア様の怪我について噂は何一つ立たなかった。それは、リアム様がルクレール侯爵閣下にさえ、真実を隠し通してくださったからにほかなりません。もしも侯爵閣下に真実が伝わっていたら、殿下は閣下からの圧力で、オリビア様と無理やりにでも結婚させられたか……あるいはそれを断れば、閣下は殿下のみならず、皇室ごと訴えるくらいはしたでしょうから」
「……っ」
「そうならなかったのは一重に、リアム様が殿下を庇ってくださったからだと、私は思います。オリビア様との結婚を迫ってきたことについては、まぁ、オリビア様を思う兄心だったのでしょうが……」
言葉を失ったアレクシスの顔色を伺いながら、セドリックは諭すように続ける。
「帝都に戻ったら、一度、リアム様とお会いになられてはいかがでしょう? 謝罪するかは別として、きちんとお話されるべきかと存じます。そうでなければ……」
「……そうで、なければ?」
絞り出すような声で問うアレクシス。
セドリックはそんな主人を見据え、静かに告げる。
「二年ぶりの再会で、突然『オリビア様を娶るつもりはない』などと言われたリアム様の心は、どこに向かえばいいのかわからなくなってしまうでしょう?」