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20.二年前の真相


 セドリックがその情報を掴んだのは、演習参加の為に帝都を出発する、数日前のことだった。



 セドリックは、かつてルクレール家のタウンハウスでメイドとして働いていたという、若い女性の家を訪れた。二年前のお茶会の頃の、オリビアとリアムの様子を尋ねるためだ。


 女性は最初こそセドリックに警戒心を示したものの、わずかばかりの心づけ・・・を渡すと途端に饒舌になり、色々と話してくれた。


 するとそこで、二つの事実が判明した。


 一つ目は、『二年前の春、オリビアが何らかの理由で怪我を負い、その怪我の治療を理由に、領地に引き下がってしまった』こと。

 そしてもう一つは、『オリビアが近々結婚する』ということである。



「オリビア様が結婚?」


 これを聞いたセドリックは、真っ先に自分の耳を疑った。


 セドリックは、この女性を訪ねるより先に、社交界で二人の噂を密かに尋ねて回っていたが、どこにもそのような情報はなかったからだ。


 セドリックは慌てて確認する。


「それは確かなのでしょうか?」

「ええ。私、今でもあのお屋敷で働く子たちと時々お茶をするんです。そのときに聞いた話なので、確かかと」

「ちなみに、お相手の名前などは」

「さあ、そこまでは。でも、子爵様だって言ってましたよ。それも、四十を過ぎた方だって」

「子爵? それも、四十を過ぎた?」

「驚きますよね。でも間違いありません。私も信じられなくて何度も聞いたんですから。だってありえないじゃないですか。侯爵家のオリビア様が子爵家に嫁ぐだなんて。――とにかく、そのせいで侯爵閣下とリアム様の仲は今、最悪らしいんです。リアム様は昔からオリビア様をとても大切にされていたので、侯爵閣下の決断に強く反発されているらしくて。食事も別で、まともに会話すらしないそうなんです」


「…………」

(これはいったい、どういうことだ?)


 オリビアとリアムの父、ルクレール侯爵は野心家で有名だ。

 それなのに、下位貴族である子爵家に娘を嫁がせるなど考えられない。


 ――が、一度はそう考えたものの、セドリックはすぐに思い至る。


(もしや、オリビア様が負った怪我というのが原因か?)と。

 


 ◇

 


『オリビアの結婚』


 それをアレクシスに伝えるべく、セドリックは一度大きく咳ばらいをする。そうして、再び切り出した。


「オリビア様が、近々ご結婚なさるようですよ」と。


「……っ」


 すると、セドリックの口から飛び出した『結婚』の二文字に、アレクシスは大きく目を見開いた。


「結婚? オリビアが?」と小さく零し、やや逡巡する。

 その顔に映るのは、驚きと困惑。そして、安堵だろうか。


 あれだけ自分にアプローチをかけていたオリビアが、別の男と結婚する。それすなわち、自分のことは綺麗さっぱり諦めてくれたということだ、とでも考えたのか。

 あるいは、オリビアが・・・・・怪我したことを・・・・・・・知っていた・・・・・からこその、安堵なのか。


 セドリックはアレクシスの様子を観察しつつ、低い声で続ける。


「ですが、少々妙なのです」


「妙? いったい何がだ」

「オリビア様の結婚相手が、子爵なのです。それも、四十を超えた方だと」

「――!」

「オリビア様は侯爵家のお方。それなのに、二回りも離れた子爵に嫁ぐなどありえません。しかも、婚約式すら済ませずに嫁がれるとのこと。これを妙と言わずして、何と言いましょうか」

「…………」


 するとアレクシスは、セドリックの諭すような声音に、何か勘づいたのだろう。やや顔色を悪くし、ぐっと押し黙る。 

 そんなアレクシスの態度に、セドリックは確信めいたものを感じた。


(ああ。やはり殿下は、オリビア様が怪我を負ったことを知っていらっしゃったのだ。――いや、それどころか、殿下のこの反応は……)


 夕暮れ時――くれないに染まる密室で、セドリックはアレクシスをじっと見つめる。

 そうして、静かな声でこう尋ねた。


「もう一度聞きます。二年前、オリビア様と何があったのですか?」

「…………」

「オリビア様は二年間、病気で療養していることになっていました。けれど実際は、火傷の治療のためであったと、元使用人の女性から聞いたのです。ですが結局、傷痕は消えることなく……今は片時も手袋・・を手放せなくなってしまったと。私が思うに、オリビア様が子爵家に嫁ぐことになったのは、その火傷の痕が原因なのでは」

「…………」

「殿下。あなたは今の話を聞いても、口を閉ざすおつもりですか? そんなはずありませんよね」


 二年前ならばいざ知らず、エリスと心を通わせた今のアレクシスが、他でもない『火傷の痕』のせいで子爵家に追いやられるオリビアの存在を無視できるとは、セドリックには到底思えなかった。


 だからセドリックは、この機会にどうしても確かめておかねばと、こうして話しているのだ。


 もしオリビアが子爵家に嫁いでしまった後になって『火傷の痕』のことを知ったなら、アレクシスはきっと後悔することになるだろうと、そう考えたから。


 ――セドリックは、じっとアレクシスの言葉を待つ。


 するとしばらくして、ようやく、アレクシスは観念したように口を開いた。



「……俺のせいだ」と。



 黄金色の瞳に後悔を滲ませながら、アレクシスはぽつりぽつりと話し出す。


「オリビアに火傷を負わせたのはこの俺だ。……二年前のあの日、紅茶の味に違和感を覚えた俺は、すぐに茶会を退席したんだが――」



 アレクシスが話した内容はこうだった。


 紅茶に薬が盛られていることに気付いたアレクシスは、すぐに茶会を中断し、執務室のソファで休んでいた。

 すると薬の効果か、いつの間にかうたた寝をしてしまい、気付いたときには、部屋の中にオリビアがいたという。



「お前、いったいここで何をしている? 入室を許可した覚えはないぞ。今すぐ出ていけ」


 眠気の残る気だるい頭で、アレクシスは厳しい言葉を投げつける。

 けれどオリビアは、臆することなく無邪気に微笑んだ。


「ノックしてもお返事がないから、心配しただけですのに……。にしてもその様子では、王女様方とのお茶会は上手くいかなかったようですわね。わたくしとしては、願ったり叶ったりですけれど」


 オリビアはそう言いながら、いつの間にか運び込んでいたティーワゴンでカップにお茶を注ぎ、アレクシスに差し出した。

 

「ねえ、殿下? そろそろわたくしを受け入れてくださってもよろしいんじゃありません? わたくしほど殿下の女性嫌いを理解している女はいませんわ。それに側妃の一人でも娶れば、煩わしい縁談からも解放されるかと」

「…………」


 確かに、オリビアはアレクシスの女嫌いのことをよく理解している。


 オリビアの兄リアムとは八年ほどの付き合いだ。

 つまりそれと同じだけ、オリビアとも望まぬ接点を持ってきたということになる。勝手知ったる仲――とは言えねども、媚薬を盛るような他国の王女たちに比べれば、いくらかマシな相手だろう。


 だが、アレクシスにとっての「結婚」とはそんなに簡単な問題ではなかった。女嫌いのアレクシスにとって、人生で最も重要な事柄なのだ。


 それに、アレクシスはオリビアのあけすけ・・・・した物言いが心底苦手だった。


 穏やかな兄リアムと違い、妹のオリビアはとても気が強く、プライド高い。侯爵家の令嬢なのだから当然と言えば当然だが、それにしたって、まだ十五にも関わらず「妃の一人でも娶れば、煩わしい縁談からも解放される」などと、知った風な口で言いくるめようとしてくる、傲慢な態度も受け入れがたかった。


 だからアレクシスは、差し出されたカップには見向きもせずに、冷たく言い放つ。


「出ていけ」――と。


 目の前のカップを押し戻すようにしてソファから立ち上がり、オリビアを刺すような視線で見下ろした。


「俺はお前を娶る気はない。もし再びその話を口にしてみろ。俺の権限で、リアムを僻地へきちに飛ばしてやる。侯爵にもそう伝えておけ」

「――!」


 言いすぎだという自覚はあった。

 あったけれど、これまで何度もオリビアに婚約を迫られてきたアレクシスは、もう我慢の限界だった。

 だからリアムの名前を出してまで、オリビアを遠ざけようとしたのだ。


 ――けれど、それがいけなかったのだろう。


「お前が出ていかないなら、俺が出ていく」と背を向けたアレクシスを引き留めようと、オリビアがアレクシスの腕を掴む。

 と同時に、咄嗟にそれを撥ね退けようとしたアレクシスの腕が、オリビアの身体を突き飛ばし――次の瞬間。



「……よろめいたオリビアがワゴンにぶつかり、倒れたポットの熱湯が……オリビアの左手に、かかってしまったんだ」


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