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19.二年前の事件


 一方、ところ変わってその日の夕方、とある宿屋の一室で夕食前の軽食をつまんでいたアレクシスに、セドリックがこのように切り出した。



「ところで殿下。二年前、オリビア様といったい何があったのですか? そろそろお話しくださってもいいのでは?」――と。


 するとそれを聞いたアレクシスは――全く予期していなかったセドリックからの問いに手を止めて――表情のみならず、身体ごと硬直した。



 ◇



 今二人がいるのは、帝都から馬で五日分の距離を南下したところにある、アンジェという都市である。


 北に帝都、南に港、東に鉱山地帯をかまえ、別名『帝国の十字路』とも呼ばれる交通の要所ようしょだ。帝都の次に栄えている都市でもある。


 そんな都市の中心部からやや外れた場所にある、小さな宿屋。

 そのお世辞にも立派とは言えないこの宿が、二人の今夜の宿泊場所だった。


 室内にあるのは、ベッドが二台と小さめの丸テーブルが一つ、椅子が二脚。あとは、四、五本のハンガーが収まる――今はそこに、アレクシスとセドリックの外套マントが掛けられている――小さなクローゼット。ただ、それだけ。



 そんな粗末な部屋に、なぜ二人が泊まることになったのかと問われれば、理由はとても単純だ。

 

 帝都を出て三日が経った日、つまり二日前のこと、アレクシスが突然『軍と別行動を取る』と言い出したからである。『一刻も早く帝都に戻り、エリスに会いたい』が故に。



 通常、軍隊は必要のない限り、帝国民の生活を妨げぬよう、都市を避けて移動しなければならないと軍法で定められている。


 今回もそれは同様で、演習に参加予定の帝都配属の隊は、西側の国境付近の駐屯地を経由しながら目的地へ向かうことになっていた。


 だが、西に抜けるのではなく、真っすぐ南下すれば、本来十日以上かかる道のりを、少なくとも三日は短縮することができる。

 更に少人数での移動となれば、それ以上の時間を縮めることが可能だ。


 それはつまり、短縮した時間で、港の調査を先に進められるということを意味しており――。


 そう考えたアレクシスは、「俺は現地で合流する」と師団長に後を任せ、セドリックと二人、港へ向かうことに決めたのである。



 そういうわけで、二人は三日前からこうして単独行動をしている。


 日のあるうちに移動できるところまで移動し、空きのある宿を探して泊まる――つまり、部屋が狭かろうが相部屋だろうが文句など言ってられない状況なのであるが、そもそも、数多あまたの戦場を駆け抜けてきた二人にとって、部屋の狭さなど全く問題にはならなかった。


 ――とはいえ、いつものセドリックならば、間違いなくアレクシスに反対していたはず。


 突然の予定変更。にも関わらず、自分以外の護衛はなし。

 いくらアレクシスが強いとはいえ、あまりに不用心すぎる、と。


 それでも今回、セドリックがアレクシスに大人しく従った理由は、仕事関係なく、二人きりでゆっくり話すいい機会だと判断したからである。



 セドリックは、この狭い密室の扉側の椅子に腰掛けて、再びアレクシスに問いかけた。


「私が何も気付いていないとお思いでしたか?」


 するとアレクシスは、セドリックに探るような目を向け、聞き返してくる。


「いつから気付いていた?」

「最初からですよ。オリビア様が関係していると気付いたのは建国祭のときですが……。殿下のご様子がおかしいのは、二年前から気付いておりました」

「ではお前は、二年前から気付いていて、これまで黙っていたと?」

「ええ、まぁ。ですが当時の殿下に聞いても、答えてくださらなかったでしょう?」

「…………」


 ――そう。

 セドリックがアレクシスと話したかった内容とは、オリビアのことだった。


 二年前、療養のためにと領地に引き下がって以降、アレクシスの前に一度も姿を見せていない、ルクレール侯爵家の息女、オリビア。


 それまでは、リアムの訓練の様子を見にきたついでだの、父の議会に付いてきただのと何かと用事をこじつけてアレクシスの執務室に現れていたが、あるときを境に、それがぱったりとなくなった。


 そのあるときと言うのが、セドリックが単身帝都を離れ、諸国に出張に行っていた時期である。


(何より、あれ以来、殿下は明らかに"あの兄妹"の名前に敏感に反応するようになった)



 セドリックは思い出す。


 二年前の春、アレクシスがまだ将校だったころ、セドリックが単身で帝国を離れていたときのことを――。



 ◆



 本来ならば、アレクシスと二人で行くはずだった仕事の出張。


 だが、その期間内に皇帝が他国の王女たちとのお茶会(という名の見合い)をねじ込んでしまったものだから、アレクシスは帝都に残らなければならなくなった。


 だからセドリックは、「茶会などやってられるか。俺もお前と行く」とごねるアレクシスを必死になだめすかし、一人で帝都を離れたのだ。


 だが、仕事を終わらせ急いで戻ってくると、どうもアレクシスの様子がおかしい。

 本人は上手く隠しているつもりだろうが、話しかけても上の空だったり、深刻そうに思い悩んでいることが増えた。



(これはきっと、茶会で何かあったのだろう)


 そう考えたセドリックは、第二皇子クロヴィスに話を聞きにいった。


 するとクロヴィスは、「どうやら、媚薬を盛られたらしくてな」と教えてくれる。


「媚薬?」

「ああ。だがアレクシスは一口飲んですぐに気付いたというから、特に大事はなかったはずだが。――とはいえ、女性への嫌悪感は一層増しただろう。まったく、女嫌いのアレクシスに媚薬を盛るとは、何とも面倒なことをしてくれる」

「犯人はわかったのですか?」

「いいや、不明だ。というより『捜さなかった』という方が正しいな。何せ茶会の参加者は他国の王女。それも五人。毒ならともかく、媚薬程度では騒ぎたてたくないというのが宮内府の本音だろう」

「…………」


(媚薬、か)


 セドリックは考え込む。


 果たして、アレクシスが媚薬を盛られた程度で、ああも様子がおかしくなるだろうか。

 女性に対する怒りや嫌悪感を強めることはあれど、何か物憂げに表情を暗くする必要などあるだろうか、と。


(もう少し、調べてみるか)


 そう考えたセドリックは、茶会について更に詳しく調査することにした。


 だが結局、特にこれといった情報は得られず、時間の経過と共にアレクシスの様子も以前の様(といっても、女嫌いは変わらずであったが)に戻っていったこともあり、セドリックは最近まで二年前のことをすっかり忘れていたのだ。


 けれど建国祭にて、アレクシスが自分に黙って・・・・・・リアムと会う予定でいたことを知り、急に二年前のことを思い出した。


 当時は茶会の事ばかり気にしていたが、そういえば、オリビアがアレクシスの前に姿を現さなくなったのも丁度二年前だった、と。


 セドリックの何気ない、

「オリビア様、最近来られませんね」という言葉に過剰に反応したり、

「そういえば、リアム様が長期休暇を申請されたようですよ。オリビア様の療養に付いていかれるようで」

 との日常会話に気まずそうにしていのは、単なる女性嫌いを発動させていたわけではなかったのでは、と。



 ――一度疑い始めると最早もはやそうとしか考えられなくなったセドリックは、建国祭以降、時間を見つけてはオリビアとリアムについて調査していた。


 すると最近になって、何とも不可解な事実が判明したのである。

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