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5.尋ね人


 クロヴィスの執務室を出たアレクシスは、受け取った書類に少しも目をくれることなくセドリックに押し付けた。

 結婚などしてたまるか――と言いたげに。



 アレクシスはこれまで五回王女と婚約し、その五回とも破談になった過去がある。

 破談の原因は、アレクシスの大の女嫌いにあった。


 女性の中でも、男にだらしない女や男に媚びる女は特に受け付けない。 

 直接素肌で触れたくないため、社交場では予備の手袋を二組も用意するほどの徹底ぶりだ。

 当然、お世辞の一つも言いはしない。ダンスも極力踊らない。

 どころか、会いに来た婚約者を冷たく追い返してしまうほどである。


 そんなわけで、婚約してもすぐに先方から破棄の申し出があり、アレクシスは喜んでそれを受け入れ――の繰り返しだった。



(それが突然結婚だと!? ふざけるな……!)


 それも相手は、王太子の婚約者でありながら別の男と通じた女。

 そんな女が妻になるかと思うと、考えるだけで吐き気がした。


「……すぐに追い出してやる」


 アレクシスは忌々いまいまし気に呟いて、自分の執務室へと続く廊下を速足で進む。

 すると不意に、後ろを歩いていたセドリックが足を止めた。


 アレクシスが振り向くと、セドリックが驚いた様子で書類を凝視している。


「どうした、セドリック」

「いえ……それが、その……。相手方の女性が、殿下が以前お探しになっていらっしゃった方に、よく似ているものですから」

「何?」


 アレクシスが書類を覗き込むと、確かにそこに描かれた肖像画の特徴は、自分がかつて探し求めた”彼女”と酷似していた。


 亜麻色の髪に瑠璃色の瞳。年齢は十八……それに、名前も――。


「“エリス”……だと?」



 ◇



 結婚式当日、アレクシスはエリスを一目見て、胸が高鳴るのを感じた。


(……似ている)


 そう。似ているのだ。

 かつて自分が唯一触れても平気だった記憶の中の少女に、エリスはよく似ていた。


 アレクシスが十二歳のとき、隣国のランデル王国に滞在していた際に出会った少女。

 湖に落ちた自分を救ってくれた、愛らしくたくましい年下の女の子。


 亜麻色の髪と、瑠璃色の瞳。肩のどちらかに赤い火傷の痕があり、名前は「エリス」。


 当時のアレクシスは帝国語しか話せなかったために名前しか聞き取れなかったが、少女は確かに「エリス」と名乗ったのだ。



「エリス・ウィンザーと申します」

「……っ、……ああ」


 エリスの涼やかな声に、凛とした瞳に、純白のドレスを身にまとった美しいその姿に、アレクシスの心臓がドクンと跳ねた。


 けれど、彼は咄嗟に否定する。――違う、きっと別人だ。本物であるはずがない、と。


(俺が探しているのはランデル王国の人間で、スフィア王国の者ではない。それに、あの「エリス」が異性問題を起こすような女性だと、俺は認めたくない)


 アレクシスは、もう何年も「エリス」を探し続けてきた。

 学生時代にランデル王国に留学したのも「エリス」に会いたいがためだった。


 もしももう一度出会えたら、あのときと同じように彼女に触れてみたい。

 他の女性には嫌悪感を抱く自分が、彼女ならば大丈夫なのか確かめたい、と。


 だが結局見つけることはできず、ようやく諦めがついたところだったのだ。

 それなのに、今さらこんな都合よく会えるなど確率的に有り得ないだろう。



(だが……もし、もし彼女の肩に、火傷の痕があったなら……)



 ◇



 その夜、アレクシスはエリスの部屋を訪れた。


 緊張を誤魔化そうと自室で酒を飲みすぎた挙句、「やはり女を抱くなんて無理だ」と逃げ出そうとしたところをセドリックに捕まり、「この薬を飲めば嫌でもできますから」と媚薬を飲まされたせいで足取りは覚束なかったが――セドリックの「もしかしたら、本当に彼女が尋ね人かもしれませんよ」との言葉に励まされ、どうにかこうにかやってきた。


 だが、下着姿のエリスを一目見て落胆した。

 エリスの肩の左右どちらにも、火傷の痕がなかったからだ。


(ああ……違った……)

 

 期待を裏切られたアレクシスは、酒が入っていたことと、エリスが処女ではないと思い込んでいたために、つい強く当たってしまったのだ。

 

「お前を愛する気はない」と。


 その後は夜伽を早く終わらせようと、かなり手荒に抱いてしまった。




 アレクシスはエリスの寝顔を見下ろし、罪悪感に顔を歪める。


 彼は生粋の女嫌いであるが、世の中全ての女性の心が汚れているわけでなはないということを、頭ではきちんと理解していた。


 しかし、今さら後悔しても遅い。


 あれだけ手荒に扱ったのだ。エリスは自分を恐れて、この先二度と近づこうとは思わないだろう。

 そしてその状況こそ、自分が本来願っていたものであるわけだが……。


「…………」


(それなのに、何だ、この不快感は。俺は何をこんなに動揺している)


「――ああ、くそっ」


 アレクシスは苛立ちに任せて後頭部を掻きむしる。


 起こしてわざわざ謝罪するというのもおかしな話だが、かと言って、このままというのも寝覚めが悪かった。


(不本意だが……仕方ない。せめて医者の手配くらい……)


 アレクシスはバスローブを無造作に羽織り、使用人を呼びつける。

 そして、「宮廷医を呼び寄せろ。――ああ、女の医者だ」との指示を出し、自分は部屋を後にしたのだった。


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