表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/100

16.シロツメクサの花冠


 シオンの提案で外を歩くことにしたエリスは、本の貸し出し許可を得てから、侍女の元に向かった。


 本を手渡し、「これからシオンと少し外を散歩しようと思うの。どれだけかかるかわからないから、あなたは先に戻っていいわ」と伝えると、侍女は戸惑いを見せたものの、

 シオンの「姉さんは僕が責任もって送り届けるから、安心して」との言葉に納得し、ひとり帰っていった。



 二人は図書館を出ると、図書館裏に広がる広大な公園の遊歩道を並んで歩いた。

 今日は週に一度の休日のため、子供からお年寄りまで沢山の人たちが利用している。


 遊具はないが、広場では子供たちがボール遊びをしたり、人工の小川で生き物を探したり、思い思いに遊んでいる。

 遊歩道に沿って設置されたベンチでは、日傘を差した女性たちがおしゃべりに興じていた。



「本当にいいところね。今日は風も気持ちがいいし、絶好の散歩日和だわ」


 エリスの言葉に、シオンが頷く。


「そうだね。こうやって姉さんと歩いていると、昔のことを思い出すよ。母さんが生きてた頃は、よく三人で散歩したよね」

「そうね、懐かしいわ。海が近かったから、夏は毎日のように浜に出て。お母様は自然を愛していらっしゃったから、一緒に海にも潜ったわよね」

「うん、よく覚えてる。父さんは『野蛮だ』っていい顔しなかったけど、自分で捕まえた魚を焚火で焼いて食べたのは、すごくいい思い出だよ。塩しか振ってないのに、すごく美味しくてさ。感動したなぁ」


 そう言って懐かしそうに目を細めるシオンに、エリスの心には、嬉しさと同じくらい、切なさが込み上げた。


(実際のところ、シオンは祖国についてどう思っているのかしら……)


 シオンは宮廷舞踏会の夜、「祖国のことなんてどうだっていい」と言ったけれど、本当は違うのではないか。まだ彼の中には祖国を愛する気持ちが残っていて、祖国に帰りたいと、そう願っているのではないか、と。


 だとしたら、自分はシオンに何をしてあげられるだろう――。



 エリスがそんな風に考えていると、シオンが突然遊歩道を外れ、芝生の中に入っていく。

 そして地面に座り込むと、何やらいそいそを手を動かし始めた。


 いったい、どうしたというのだろうか。


「シオン?」


 不思議に思ったエリスは、シオンに近づいていく。

 するとシオンは、シロツメクサで冠を編み始めていた。


「あなた、それ……」

「うん。姉さんが、母さんと一緒によく編んでた冠だよ。あの頃は僕、上手く作れなくてさ。でも、今は作れるようになったんだよ」

「……そう。懐かしいわね」


 シオンの言葉に、幼い頃の記憶が蘇ってくる。

 明るく朗らかで、いつも笑顔を絶やさなかった母親の姿が――彼女と過ごした幸福な日々が、次々に蘇る。


 その思い出をなぞるように、エリスも芝生にそっと腰を下ろし、シロツメクサに手を伸ばした。



(こうして野草に手を触れるのは、何年振りかしら……)


 エリスは、母親が死んで以降、自然と触れ合うことなく生きてきた。

 庭園の薔薇を愛でることは許されても、地面に座り込むようなことは許されない。海に潜ることも、駆け回ることも、『淑女らしくない』からという理由で、すべてが禁止されたからだ。


 けれど今、ここでは何もかもが自由。

 誰一人として、エリスの行動を咎める者はいない。


(ああ。わたし今、とても幸せなんだわ)


 アレクシスに愛され、シオンに慕われ、マリアンヌとも良き友人関係が築けている。

 かつてユリウスにだけ縋って生きていたあの頃とは、何もかもが変わった。


 ここには、ちゃんと自分の居場所がある。

 だから祖国に帰りたいとは思わない。父親に会いたいとも、少しも思わない。


 けれど、シオンはどうだろうか。『祖国のことはどうでもいい』と言ったあの言葉は、果たして本心だったのだろうか。


 シオンは今、ちゃんと幸せなのだろうか。



 ――すると、エリスがそう考え始めた矢先だった。


「できたよ、姉さん!」と無邪気な声が聞こえ、エリスはハッと顔を上げる。


 するとそこには、完成した花冠を手に、誇らしげな顔をするシオンの姿があった。

 まるで子供のような笑顔に、エリスの心はキュンと締め付けられる。


 ――にしても、なんと出来のいい花冠だろうか。同じ大きさの花が、見事に隙間なく編み込まれている。これは相当の手練れだ。


 心から感心したエリスが、「まぁ、本当に凄いわ、あなたって器用だったのね!」と褒め称えると、

 シオンは本気か冗談かわからない顔で、「一時期は暇さえあれば、姉さんの顔を思い浮かべて編んでいたからね」と口角を上げ、こう続けた。


「姉さん。僕の冠、受け取ってもらえますか?」


 その問いに、エリスが「勿論よ」と微笑むと、シオンはエリスの頭にそっと冠を被せ、満足げに笑みを深める。


「うん。すごく似合ってる。やっぱり姉さんは何でも似合うな。流石、僕の姉さんだ」

「ふふっ、そうかしら?」

「そうだよ」



 ――こうして二人は晴れ渡る秋空の下、穏やかな時間を過ごすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ