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3.予期せぬ光景


 シオンがエリスに『とあるお願い』をしてから、早数刻。

 仕事を終えたアレクシスは、セドリックを引き連れてエメラルド宮に帰宮していた。


 だがどういうわけか、いつもならあるはずのエリスの出迎えがない。

 侍従に「エリスはどうした」と尋ねると、「お部屋でお休みになっておられます」と返ってくる。


「休んでいる? 具合でも悪いのか?」

「いえ。そういうわけではないのですが……」

「……?」


 何とも歯切れの悪い返事に、アレクシスは眉をひそめた。

 余程言いにくい事情なのだろうか。


 気になったアレクシスは、すぐさまエリスの部屋へと向かった。


 するとそこには、全く想像もしない光景が広がっていて――。



「おい、セドリック。俺は今、いったい何を見せられているんだ?」


 アレクシスはこめかみに青筋を浮かべ、ブルブルと肩を震わせる。

 セドリックはそんな主人を横目でチラリと見やり、冷静な声で答えた。


「それは……まぁ、見ての通り膝枕じゃないですかね」

「ああ、そうだな、膝枕……って、そんなことは見ればわかる! 俺が聞きたいのは、なぜシオンこいつがエリスに膝枕されているのかということだ!」

「そんなこと、私が知るはずないでしょう。――にしても姉弟で膝枕とは、お二人は本当に仲がよろしいのですね」

「仲がいいで済むか! 流石にこれは異常だろう!」


 そう。今二人の前にあるのは、三人掛けのソファの端に腰かけ、静かな寝息を立てているエリス――と、彼女の膝に頭を乗せ、スヤスヤと眠るシオンの姿だった。


(いったいなぜこんな状況に?)


 気になって仕方がないアレクシスは、側に控える侍女をじろ――と見やる。


「おい、いったい何をどうしたらこうなる。説明しろ」


 すると侍女は一瞬肩を震わせて、躊躇うように口を開いた。


「それが……その、アフタヌーンティーの最中、シオン様が突然『ここから学院に通いたいから、殿下を説得してほしい』と言い出されまして」

「――ッ! ……それで?」

「けれどエリス様は、そんなシオン様の発言をお諫めになり……。そしたら、シオン様が……その……」


 そこまで言って、侍女は言葉を濁す。それ程までに言いにくい内容なのだろうか。

 あるいは、アレクシスには聞かせたくないことなのか。


 だがそれでも、最後まで聞かないわけにはいかなかった。


「何だ? はっきり言え」


 アレクシスが圧をかけると、侍女は観念したように口を開く。


「泣いて……しまわれて」

「泣いた? シオンがか?」

「はい。エリス様と一緒にいられないなら生きる意味はない、とまで仰って。バルコニーから飛び降りようとするものですから、お止めするのが大変でした。その後は、エリス様が必死にシオン様を宥められて……このような状況に」

「…………」


 侍女の言葉に、アレクシスは開いた口が塞がらなかった。


 今朝までは冷静にしか見えなかったシオンが、よもやそのような強硬手段に出ようとは、誰が想像しただろう。


 少なくともアレクシスは、シオンがエリスや使用人の前で「本心」を露わにすることなど、絶対に有り得ないと思っていた。

 もしそんなことをすれば、今まで築き上げた使用人たちからの信頼を失うことになりかねない。

 したたかなシオンが、そんな悪手を使うはずはない――と。


 だが、実際は……。



(結局のところ、中身はまだ子供だということか……)


 アレクシスはシオンの寝顔をしばらくの間見つめたのち、諦めた様に息を吐く。

 そして、セドリックにこう命じた。


「こいつの荷物を部屋から運び出せ。今すぐに」


 すると、驚いたように目を見開くセドリック。


「まさか、追い出されるのですか……?」


 恐る恐る尋ねるセドリックに、けれどアレクシスは首を振った。


「いいや。部屋を移動するだけだ」と。


 そして薄っすらと笑み、こう続ける。


「移動先は、俺の寝室の隣。――意味は、わかるな?」

「――ッ」


 ◇



 それから三十分ほどして、シオンはようやく目を覚ました。


 灯りが眩しい。自分はいつの間に眠ってしまっていたのだろうか。

 彼はゆっくりと身体を起こし、そこでようやく、エリスの姿がないことに気が付いた。


「……姉さん?」


 シオンは無意識にエリスの姿を探そうとする。

 けれどそれより早く、「エリス様なら、殿下と夜の庭園を散歩中ですよ」との声が聞こえ、ハッとそちらを振り向いた。


 するとそこには、ローテーブルを挟んだ対面のソファに腰かけて、どことなく冷たいオーラを放つセドリックの姿がある。


「セドリック殿……?」


 シオンは驚いた。

 エリスの部屋で、セドリックと二人きり。侍女の姿もない。

 これはいったいどういう状況だろうか。


「あの……僕に何か御用でしょうか」


 シオンはまだ、セドリックと殆ど言葉を交わしたことがなかった。

 まともに話したのは、三ヵ月前の宮廷舞踏会のときだけだ。



 ――それは第二皇子クロヴィスから『話し合い』という名の尋問を受け、目的を洗いざらい吐かされた後のこと。

 ジークフリートと共に帰りの馬車に乗る直前、セドリックに呼び止められこう聞かれた。


「ところでシオン様。つかぬことをお聞きしますが――エリス様の肩の傷は、いったいどういった理由でできたものなのでしょうか」と。


(肩の傷? 姉さんの……?)


 シオンは予期せぬ質問に驚いたが、すぐにそれが、火傷の痕のことであろうと思い至る。

 けれど彼はアレクシスに強い敵対心を燃やしていたため、絶対に教えてやるものかと、このように答えたのだ。


「姉さんが教えていないことを、僕が言うわけにはいきません」――と。


 するとセドリックはすぐに「それもそうですね」と引き下がったため、それ以上会話は続かなかった。



 それはシオンが帝国に来てからも変わらない。

 セドリックとは無難な挨拶を交わす程度で、会話らしい会話をした記憶は一切ない。


 それなのに今、セドリックは自分が起きるのを待っていたかのように、こちらを見下ろしている。


 その冷えた眼差しに、シオンは悟った。


(ああ、そうか。この男は僕に、『処分』を下すためにここにいるんだな)

 ――と。


 昼間、自分が起こした騒ぎ。

 その内容がアレクシスに伝わったのだろう。


 ということつまり、自分は今日明日中にここを追い出されるはず。


 だがそれも致し方ない。自分は、それだけのことをしでかしたのだから。


 シオンはきゅっと唇を結ぶと、ソファから足を下ろしセドリックに向き直る。

 未だ黙ったまま、こちらの様子を伺うような視線を寄こすセドリックを、毅然きぜんと見据えた。


 するとようやく、セドリックが口を開く。


「私は殿下から、あなたへの『伝言』をお伝えする役目を仰せつかっております。けれどその前に一つ、昔話をさせていただいても?」

「昔話、ですか?」

「ええ。私がまだ十二のころ、ランデル王国に半年ほど滞在していたときの思い出を」

「…………」


(このタイミングで昔ばなし? いったいどういうつもりで……)


 シオンは訝し気に眉を寄せる。――が、自分に拒否権はない。


 シオンが小さく頷くと、セドリックは薄く微笑み、語り出す。


「全ては十二年前、皇帝陛下の第三夫人であり、殿下のお母上、ルチア皇妃が事故でお亡くなりになったことから始まりました――」

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