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24.建国祭と迷子の子ども


 建国祭の始まりは午前十時。王宮での式典から始まる。

 これは皇族と貴族のみが参列する、厳かな式だ。


 それが終わると、皇子・皇女らはパレード用の馬車に乗り込み、街の中を一周しつつ帝都中央広場へ移動。


 それから、皇族代表者が民衆へスピーチを行い、最後に建国祭の開始を宣言する――という流れである。


 当然この祭典には、アレクシスだけでなく、エリスも参加することになっていた。

 のだが、今日の二人は基本的に別行動だ。


 というのも、アレクシスは式典前に警備の最終チェックを行うため会場入りが開始直前になること。

 加えて、パレードで乗る馬車が別々であることなどが理由だった。 

(実際、アレクシスが式典会場に入ってきたのは開始直前、五分前のことだった)



 ――式典は皇帝主導のもと滞りなく開始され、一時間程度で問題なく終わった。


 さて、次はパレードである。

 と言っても、皇子妃であるエリスには特に与えられた役目はない。


 皇子や皇女らは、煌びやかに飾り立てられた屋根なしの白い馬車の上から民衆たちに手を振らなければならないが、妃らは通常の屋根付きの馬車に乗って広場に移動するだけ。

 そのためエリスは馬車の中から、建国祭に沸き立つ街の様子を眺めているだけでよかった。



(いつも賑やかな街だけれど、今日は一段と活気づいているわ。それに人々のこの歓声……皇族への信頼が厚いのね)


 皇帝不在のパレードであるにもかかわらず、民衆の歓声はとどまることを知らない。「皇帝陛下万歳!」「帝国万歳!」という声や、皇子・皇女らを慕う声があちこちから聞こえてくる。


 ちなみに、皇子の中で圧倒的に人気なのは第二皇子のクロヴィス。皇女の中ではマリアンヌがダントツだ。

 逆に、アレクシスの名前はお世辞にも多いとは言えない。


(そう言えば、マリアンヌ様は言っていたわね。殿下は一度も手を振ったことがないって)


 エリスは市民たちの声を聞きながら、式典前にマリアンヌから言われたことを思い出す。


「アレクお兄さまはパレードが大のお嫌いで、一度も手を振ったことがないのよ。それどころか、警備を優先したいと言ってパレードをすっぽかしたこともあるの。流石にそのときはクロヴィスお兄さまも激怒されて、そういう態度なら軍を辞めさせるって大喧嘩になっていたわ。わたくしが思うに、アレクお兄さまが皇族の礼服をお召しにならないのは、クロヴィスお兄さまへのせめてもの反抗心の表れなのよ。身体は大きいのに、やることが子供みたいでしょう?」――と。


 エリスはそれを聞いたとき、思わずクスリと笑ってしまった。

 本当は呆れるところなのかもしれないが、その人間味のあるエピソードをとても微笑ましく思ったからだ。


(最初はどれほど冷酷な方かと思っていたのに……)


 アレクシスに嫁いできたばかりのときは恐ろしくてしかたなかったのに、気付けばすっかりそんな気持ちは消え失せている。


 その最たる理由は、マリアンヌが話してくれるアレクシスの人間像のおかげだろう。

 お茶会のときの『アレクシスの好き嫌い』についての話題や、今のような『パレードをすっぽかしてクロヴィスに激怒される』エピソードなどが、アレクシスも自分と何ら変わらない、感情を持った人間であることを教えてくれるから。



(きっと殿下は今、仏頂面をしてるわね。隣で見られないのが残念だわ)


 ――エリスは不意にそんなことを考えて、ひとり頬を緩めるのだった。



 ◇



 それから約一時間後、エリスは帝都中央広場の北門付近で、アレクシスを待っていた。

 第二皇子クロヴィスによる民衆へのスピーチも終わり、帝国祭開始の宣言が成された今、辺りはお祭りムード一色である。


 街全体が花々で彩られ、道にも広場にも沢山の出店が立ち並ぶ。

 右を見れば、サンドウィッチやソーセージ、ラムネやエール、シロップ漬けの果物などの飲食店が。

 左を見れば、花やアクセサリー、絵画やアンティークの食器まで、ありとあらゆるお店が並んでいた。


 広場中央の噴水では、子供たちがきゃあきゃあと無邪気に水遊びをしたり、シャボン玉を飛ばしたり。

 行き交う人々は皆笑顔で、貴族も平民も、家族連れもカップルも、別け隔てなく祭りを楽しむその様子を見ていると、それだけで幸せな気分になってくる。



(マリアンヌ様に聞いてはいたけれど、本当にお店がたくさん。これ、一日で回れるのかしら)


 ――何を隠そう、エリスはお祭りというものが初めてだった。


 祖国でもこういった祭りはあったのだが、それはあくまで平民が楽しむもので、まして貴族令嬢が参加するなど言語道断――という文化であったため、一度も楽しんだことがないのである。


(確か、三日目の夜には花火が打ち上げられるって言ってたわよね。宮のテラスから見えるかしら)


 エリスはそんなことを考えて、ひとり顔を綻ばせる。


 ――すると、そんなときだった。

 エリスが、迷子らしき少年を見つけたのは。


 明らかに人を探しているという風に、広場の中を右往左往する少年。

 歳は十に届かないくらいか。裕福な家の出なのだろう、それなりにいい身なりをしている。


 そんな彼に、大人たちは時折立ち止まり声をかけるのだったが、皆一言、二言言葉を交わすと、困惑気な顔をして立ち去ってしまう。


 その様子を見て「もしや」と思ったエリスが少年に近づくと、彼が話していたのは帝国語ではなく、ランデル王国の言葉だった。


(やっぱり、言葉が通じないのね。帝国内でランデル語を話せる人は殆どいないだろうし、わたしが助けてあげなくちゃ)


 ランデル王国は隣国とはいえ、帝国から見れば小国だ。

 そのため帝国民でランデル語を扱えるのは、王侯貴族を除けば、貿易商か外交官くらいのものである。


 そもそも、この大陸の公用語は帝国語であり、帝国民は帝国語さえ話せれば事足りる。

 ランデル語に関わらず、貴族でもなければ、他国の言語を理解できる必要はないのだ。


 だがエリスは、自身の祖国が小国であることと、なおかつ王子の婚約者だったということもあり、母国語、帝国語のみならず、繋がりのある国の言葉をほとんどマスターしていた。

 それに、ランデル王国はシオンの留学先。話せないのはあまりにも不都合が大きかった。



 目の前の状況を見過ごせないと考えたエリスは、少年に近づき声をかける。


『誰を探しているの? 親御さん?』


 すると少年は、エリスの流れるようなランデル語を聞き、驚きに目を見開いた。


『言葉が、わかるのか?』

『ええ。わたしの弟が、ランデル王国に住んでいるから。それで、誰を探しているの?』

『妹。シーラっていうんだ。今……七歳で……。さっきまで側にいたのに、気付いたらいなくなってて……』

『そう。はぐれてからどのくらい経つ?』

『十分くらい。……どうしよう、俺、母さんから頼まれてたのに……』

『…………』


 言葉の通じる相手が現れたことで安心したのだろうか。

 少年は今にも泣きだしそうに顔を歪め、けれどそれを堪えるように、ぐっと奥歯を噛みしめる。


 その表情に、エリスはいよいよ放っておけなくなった。

 事情はよくわからないが、何とか妹を見つけてあげなければ、と。


『大丈夫。絶対に見つかるわ。まずは本部に行って、妹さんの特徴を伝えましょう。警備の人たちに探してもらえば、すぐに見つけてくれる。帝国の軍人さんはとっても優秀なのよ。それに、わたしも一緒に探すから。――ね?』


 時計塔の時刻は午後一時を回った頃。

 アレクシスとの待ち合わせは二時だから、まだ一時間近くある。


 それに、本部は今いる場所とは反対側にあるとはいえ、広場の内側だ。

 つまり、アレクシスの「広場から出るな」という言い付けを破ることにはならない。


 もし万が一待ち合わせに遅れそうになっても、本部に待機している軍の誰かに言付けてもらえば大丈夫だろう。



 エリスは少年を安心させようと、目いっぱいに微笑んだ。


『さあ、一緒に妹さんを探しましょう』


 その言葉に、こくりと頷く少年。


 こうして二人は、南門の本部へと歩いて向かった。

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