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2.ヴィスタリア帝国の第三皇子


 三日後、ようやく部屋から出ることを許されたエリスは、父親からこう告げられた。


「ヴィスタリア帝国の第三皇子が結婚相手を探している。お前が嫁ぐように」と。


 その言葉に、エリスは全身から血の気が引くのを感じた。


 ◇


 この三日間、エリスはずっと考えていた。

 自分はこの後どうなるのだろう、と。


 ユリウスから婚約を破棄され、家族には虐げられ、自分の味方は誰もいない。

 そんな状況でこれからどうやって生きていけばいいのだろうと、いっそ死んでしまった方がいいのではないかと、何度も何度も考えた。


 だがその度に、遠く離れたランデル王国に単身留学している弟シオンの顔が思い浮かび、彼女を思い留まらせた。


 最後に会ったのはもう三年も前になるが、今も定期的にやり取りしている手紙の最後には必ず「早く姉さんと一緒に暮らしたい」と書いてくれる。


 シオンの為にも、私は生きなければならない――そう思って、エリスはこの三日間を過ごしたのだ。


 

 それがまさか、帝国に輿入れしろと言われるとは欠片も思っていなかった。

 それも相手は、冷酷無慈悲の殺人鬼として悪名高い、第三皇子のアレクシス。



(確かあだ名は……"赤い死神"だったかしら)


 元の髪色がわからないほど返り血を浴びた姿からそう呼ばれるようになったと聞いている。

 噂の真偽はともかくとして、恐ろしい男であることは間違いない。



 ――そもそも、ヴィスタリア帝国はこの大陸の東半分を支配する大国である。


 西の果てにあるここスフィア王国とは全く交流がないが、大陸の半分を制する国なだけあって、その噂は嫌でも耳に入ってくる。


 政治、経済、そして武力。そのどれもが圧倒的で、今や帝国に逆らう国はない。

 現皇帝は先帝に比べ平和的な政策を行うそうだが、それが可能なのは強大な常備軍を保有しているが故だ。


 その軍隊の総指揮を取るのが、今年二十二歳を迎える第三皇子のアレクシス。


 皇子でありながら前線に立ち、自ら剣で戦うことを好む。逆らう者は即打ち首。――そういう思想の男だと専らの噂だ。


 成人した他の皇子たちは皆結婚しているにも関わらずアレクシスだけが未婚なのは、今までの婚約者を皆切り殺してしまったからだとも言われている。



(そんな方のところに……わたしが?)


 エリスの背中に、じんわりと汗が浮かんだ。

 心臓の音が煩い。――嫌だ、怖い。行きたくない。そう思った。



「で……ですが、お父さま。我が国のような小国の、それも王女でもないわたくしに、そのような大役が務まるとは思えません」


 この屋敷に居続けたいとは思わない。この国に未練があるわけではない。

 けれど、帝国に嫁ぐというのは、エリスにとってとても恐ろしいことだった。


 肩を震わせるエリスに、父親は高圧的に告げる。


「お前の意見など聞いていない。これはもう決まったことだ。陛下はお前を帝国に差し出す条件で、クリスティーナをユリウス殿下の新しい婚約者に据えてもよいと仰った。受け入れる他ないだろう?」

「……え? クリスティーナが……殿下と、婚約?」

「そうだ。その上で、お前の輿入れの準備も王家で整えてくださるそうだ。これは殿下のお計らいだと聞いたぞ。まさか自分を裏切ったお前のことをここまで気にかけてくださるとは、殿下の懐の深さには実に驚かされるな」

「――!」


(ああ……。わたしは本当に、ユリウス殿下に見限られてしまったのね)



 もはや涙も出なかった。


 もしかしたらユリウスが戻ってきてくれるかもと、誤解だった、すまなかったと言ってくれる未来を多少なりとも期待していたが、その可能性はたった今消えてなくなった。


 全ての希望を踏みにじられたエリスには、父の言葉を受け入れる以外の選択肢が残されていなかった。


 すべての言葉を呑み込んで、エリスは膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。



「わかりました。わたくし、帝国へ嫁がせていただきます」



 ――こうしてエリスは、ヴィスタリア帝国への輿入れが決まったのだった。

 

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