2‐11‐9 誰が
── その夜
「すぐ、って言いながら遅くなってしまったわね」
再び“神の間”へ招かれた。
今回は夕べの祈りの時間。最初は何が起きたのかと焦ったが、つい先日招かれたばかりということもあり、すぐに気づけた。できれば何かその前振りがあるとありがたいと、この2回の経験で思ってしまう。
「ウーラニアにも会ったようね。ナギサの歌を褒めていたわよ」
「うっ、その話は......」
ふふっ、と柔らかく微笑む《女神》は相変わらず美しい。透き通る青紫の双眸は長い睫毛に縁取られ、思わず見とれてしまう。淡く柔らかな長い金髪も重さを感じさせることなく輝いている。
ナギサの中で思い描く美の女神そのものだ。そういえば《女神》は何を司っているのだろう? ウーラニアは“星神”と聞いた。では、《女神》は? この美しさであれば“美の女神”と言われても納得してしまうのだが。ヴィルディステの主神である以外何も知らないことに今更ながらにナギサは気づく。だが、ここで本人に聞くのは流石に躊躇われる。誰か、セラスにでも聞いてみようと心に留める。
「それで、わたしに何か聞きたいことがあったのよね?」
《女神》に尋ねたいこと。それは“名前”を奪われた当時のことを確認したいというのが一番のはずなのだが、先回の話で自身の設定がわかっていないことに気付いてしまった。故に、今の気持ちはこの二つを確認したいのだが、どちらから切り出せばいいのかと悩んでいると、
「あぁ、そうだわ。あなたのご両親のこと。伝えておかないと」と《女神》から切り出された。
「両親、ですか?」
「ええ。旅商人の夫婦。運悪く盗賊に襲われ、近くを巡回中の騎士達が気付くように力を及ぼしたのだけど、間に合わなくて。先日、クラーヴィアに伝えた話から、恐らく二人の身元は確認されているはず。詳しくは彼女に聞くといいわ。記憶がないのに知っていたら変でしょ?」
確かに。いや、だがその二人に身寄りはないのか? ナギサのような年齢の子供がいたのなら、身内が何か言ってきそうなものなのだが。などと、納得しつつも不安を感じてしまう。
「二人の承諾も得ているから安心していいわよ」
「? 亡くなられているんですよね?」
この世界では死して尚、意思の疎通ができると? それはそれで怖いのだが、とあらぬほうへ考えが彷徨いだすナギサに《女神》が説明を続ける。
「輪廻に戻る前、一時、魂が留まる場所があるの。そこにまだ二人ともいるのよ。それで二人にあなたを娘として受け入れてもらえるか確認をとったの」
「確認を?」
「ええ。二人とも娘が欲しかったから喜んで、って」
《女神》はそれだけ言うとふわりと微笑んで口をつぐむ。
(とりあえず両親の件は、クラーヴィア様に会って話すところからか)
これ以上《女神》は何も教えてくれないとその表情から理解し、ナギサは軽くため息をつく。
「両親の件はわかりました。クラーヴィア様に聞いてみます。それで、わたしが聞きたかったことですが、“名前”を封印された時のことを直接お話していただきたいと思っているのですが」
「そうねぇ。他の子にも言ったのだけど“いつ”だったかがわからないのよ。気づいたら《女神》としか呼ばれなくなっていて。自分自身で己の名前を確認する、なんてあまりないでしょ?」
言われてみれば自分自身の名前を確認する、というか、己にむかって名前を確認するなんてことはまずしない。初対面での挨拶で名乗ったり、他人より呼びかけられて認識することが大半だ。
幼子であれば一人称として己の名前を使うこともあるが、大人でもいるにはいるが、あまりお目にかからない。
ただ人であれば、友人に話しかけようとして友人の名前が出てこなければ違和感も覚えよう。だが、相手は神だ。
名前での呼びかけも当然するが、単純に“神様”“女神様”と呼びかけても何ら違和感もないし、呼びかけられるほうも気にしないであろう。
「だから、人界に降りようとして出来ないことに気付いた時、何が問題なのか最初はわからなかったぐらいなの。おまけに神としての力も弱まっているでしょ。ウーラニアが最初に気付いてくれて」
「では、その前後で普段あまり会わないような方とお話されたりはしていませんか?」
ここまでのところはクラーヴィア達に聞いた話とほぼ同じ。何か他にヒントはないかとナギサが知らない人物(神様)が関わっていないかと聞いてみる。
「“宴”があったわね。名前のことに気付く前だったと思うわ」
ナギサの表情が疑問を浮かべていたのであろう。《女神》が“宴”の説明をしてくれる。
普段神々は己の気分の赴くままに暮らしている。神界にいることが多い神もいれば、人界にいることが多い神もいる。
特に人界を好む神に至っては普段は人として暮らしていたりすることもある。
そんな神々が神界で集まって日々の情報交換を行うのが“宴”。すべての神が揃うわけでもないが、久しぶりに会えることを楽しみにしている神のほうが多い。《女神》も楽しみにしているほうで、欠かさず“宴”には顔を出しているという。
その“宴”が名前を失くす前にも開催され、いつものように出席した。当然だが普段会わないような神々と顔を合わせているので、該当する神々がとても多いことになる。
「そうそう、“宴”の後もしばらく交流が続いた神々がいたわね。その方達は普段わたし達神々にはあまり興味を持たないから“宴”にもあまり顔を出さないの。なので珍しくて、しばらくの間よく会っていたわ」
「その方々のお名前は?」
「頻繁に会っていたのはミラクルゥムとニヒルムかしら。今思い出せるほど会っていたのはその二人ね。二人とも人界が好きであまり神界にはいないのよ」
(またミラクルゥム様か。ニヒルム様は初めて聞く名前だと思うが)
ナギサは素直に疑問を口にしてみた。
「ミラクルゥム様は魔術を司られてらっしゃる方ですよね。ニヒルム様は? お名前に聞き覚えがないのですが」
「そうねぇ、ニヒルムは特に司っているものもないし、どこかの国神でもないから人界ではあまり知られていないかしら。でも、神の一柱であるのは確かよ。二人とも人の世が好きで、ほとんど人界にいると思うわ」
「お二人と最近は?」
「わたしが人界に降りれないこともあって疎遠になっているわ。少し前にあった“宴”にも顔を出していなかったと記憶しているけど。二人を疑っているの?」
「いえ、そういうわけではなくて。いろいろ知っておきたいだけですので」
《女神》にはこう答えたが、やはり気になりはする。ミラクルゥムは魔術の神だ。神の名前を封印するなど封印先が云々というより、その技量があるのかという大問題がある。やり方を知っていたとしてもナギサでは無理なことは目に見えている。そうやって考えると大規模な魔術師集団や、大魔法使いとか言われているような人物、もしくはいっそ神が術を施したのではないかとナギサは考えている。
そんなことを考えている時にこんな話を聞けば、若干疑いの心も持ってしまう。
「そのお二人の神々を疑うというより、誰がそんなことをしたのかがわかれば、《女神》様の名前を取り戻せると思うのですが。こちらも心当たりはないのでしょうか? 何かこう対価を求められたりといったことは?」
「誰が...... 最初のころは犯人は誰? って皆が気負いこんでいたけれど...... いつしか、どうすればわたしの名前が戻るのか、封印先は何か、ってことになっていたわね。考えると不思議ね......」
《女神》が本当に今気づいたかのようにつぶやく。それは誰かが故意に犯人捜しから、封印解除へ目的をそらしていたのではないのだろうかとナギサは思ったが、今聞いたことだけでは判断がつかない。
前を見れば、自分の考えに没頭しているのか、《女神》は静かに瞼を閉じたままである。
「ナギサ、今日はもうお帰りなさい。そろそろ魔力も厳しいでしょうから」
唐突に《女神》からそう告げられ、気づけば学舎寮の祈りの間に戻っていた。




