2‐10‐3 騎士の馬達
そうこうしているうちに乗馬の講義時間は終了。手入れを終えた練習場を馬房まで戻し、一息つく。
《ナギサ、早く!!》
クラウスからウズウズとした雰囲気が伝わってくる。急いで馬丁達にも挨拶を済ませ、ウズウズ気分のクラウスがいる一般客用厩舎へと足を向けた。
クラウスの馬房まで行くとファイヌムがクラウスの世話をしていた。厩舎長自らがお世話するって、かなりお客様待遇だよね、などと考えてしまう。
《ナギサ!》
人であれば満面の笑み、って雰囲気を醸しながらクラウスが念話で話しかけてくる。
そんなクラウスに気付いているのか「とりあえず盗聴防止関連の結界をかけておくか」とファイヌムが魔道具ではなく呪文で周囲を結界で覆った。
(ファイヌム様って魔法技量がかなり高いのかな? 結界系って難しいって聞いているけど)
ナギサがそんなことを考えながらファイヌムを見つめていると、
《ファイヌムは優秀だよ。目立たないようにというか、馬にしか興味がないように振舞っているけど魔導士としてもやっていけると思うよ》とクラウスが話しかけてきた。
(あれ? 今わたしって念話で話しかけていないけど......)
《念話ができない相手でも、僕ならこれぐらい近くにいれば読み取れちゃうよ》とあっけらかんとした念話が返ってきた。
(! それってわたしの心のうちが駄々洩れってことでは)
過去つらつらと恥ずかしいことを考えていたことが思い出されてくる。ジワジワと体温が上がっていくのを感じ、両手を頬につい当ててしまう。
《大丈夫だよ。表層的な考えだけだから。心の奥底で思っているようなことは読み取れないよ》
《だって、それだって!!》
《リュークには言っていないから安心していいよ》
《何故そこでリュークなの!!》
不毛なやりとりをナギサとクラウスが念話でしていることに気付いているのか、いないのか。
「さてと」と、ファイヌムがとても良い笑顔でナギサに向き直る。
《ファイヌム、ナギサをいじめたら怒るからね》
《そんなことはしないから。シンバのことを少し説明しておかないとこの先問題が起きそうだから、それだけだよ。まぁ、この状況を説明してほしいけど、ナギサ君が自身で分かっていないようだからねぇ》
《僕らのこと?》
《ああ、どうも騎士の相方達がナギサ君を気にしているらしい。騎士と揉めると他にいろいろ知れてしまうからね。クラウスもナギサの加護についてはあまり知られたくないだろ?》
《そうだね。じゃぁ、それはお願いするよ。彼らには僕から言い含めておくよ》
ファイヌムから何か言われると身構えていたナギサなのだが、何故かクラウスと向き合って眉をㇵの字にして見つめあっている。念話で何を話しているのだろうか? あの表情はファイヌムがクラウスにやり込められている?
「あぁ、すまないね。クラウスが君をいじめるなと煩くって」
(ああ、やっぱり)
「うん、僕としては君が念話を急に使えるようになった理由を知りたいけど。流石にそれは聞いても教えてくれないだろ?」
「あ...... 言いづらいのですが、わたしもよくわからないのです。クラウスがわたしに加護があるというので、そういうものなのか、ってぐらいしか......」
嘘は言っていない。誰からの加護かだけは絶対に言えないけどと思いながらナギサはファイヌムに答える。
「そっか。なら仕方がないか。とりあえず本題。少し前にさ、ナギサ君、騎士の馬たちのことを気にしていたよね?」
「はい。なんだか目が合ってすごく落ち着かなくて」
「騎士たちの馬なんだが、あれはシンバなんだよ」
「えっ?」
ファイヌムの言葉に思わず目を見開いてしまう。
「で、当然クラウスもなんだけど」
目だけではなく口も大きく開いてしまうナギサである。
シンバとはあの純白の馬のことでは? 騎士の馬も、クラウスも確かに立派だが、色は白ではない。ファイヌムの言葉にクラウスを思わず見てしまうが、当のクラウスは素知らぬふりである。絶対この会話は理解しているはずなのに。
「僕も詳しくは知らない。だから知っていることと推測が混じった話になるが......」
そう前置きしてファイヌムが語ってくれたのはシンバ達の不思議な在り方だった。
このヴィルディステ聖国ではシンバは突然大神殿のどこかに現れる。そして気づけばシンバの厩舎に混じっているのだ。シンバの厩舎を管理していると、新しくやってきたシンバが唐突に声をかけてきて毎回驚かされるとファイヌムが苦笑いする。
ファイヌムは神より加護を受けているのだが、魔法属性だけでなく“シンバの盟友”という特殊能力を賜っていると教えてくれた。この特殊能力はシンバ達と念話が可能になるもの。ナギサも恐らくこの特殊能力をいずれかの神から賜ったのだろうと。
大神殿内で見かけるシンバ達。基本はクラーヴィアが利用する馬車をひいたり、儀式時に神殿騎士が騎乗したりする。だが、その白いシンバ以外にもシンバはいる。
聖国内であれば騎士の騎馬がそうである。
騎士の馬がすべてシンバというわけではないのだが、一部の馬がシンバだという。シンバはどうやってかお気に入りの騎士がいるとその騎士と“絆”を結ぶ。絆が結ばれると騎士の馬として一緒にいるために、自身の姿を普通の馬に似せてしまう。幻術ではなく、実際に体色のみを変えているようなのだが、どうやっているかはさっぱりわからない。ファイヌムも気になるので直接尋ねたことがあるのだが、いずれもはぐらかされて真相は不明のままだという。
ちなみに“シンバの盟友”と違い“絆”は一対一の関係で、騎士は自身が絆しているシンバとしか念話はできないそうだ。
クラウスも騎士の馬と同じで体色は黒だがシンバであり、恐らくリュークと絆を結んでいるのだろうとファイヌムは話してくれた。
騎士の馬がシンバ。これは騎士達の中では公然の秘密。シンバを持たない騎士は当然羨ましがるし、憧れもする。だが、相手が一方的にやってきて結ばれる絆なので、こればかりはどうにもならないのだが。
そして厩舎の馬丁の中に“シンバの親愛”という特殊能力を神より賜っている者達がいる。これは念話は使えないが、シンバとなんとなく意思の疎通ができる、という程度の技量だ。だが相手がシンバかどうかがわかるだけでも価値はある。この特殊能力を持つものがシンバや騎士の馬を担当することになっている。
このシンバの件は騎士達の中では共有されている。だが、馬丁の中では一部のみが知ること。神官達の中ではほんの一握りの者が知っているのみである。
「このことは他言厳禁。クラウスと念話をするのは構わないが、基本知られないほうがいい。察しが良いクラウスがナギサ君の言うことをよく聞いている、といった体を装うべきだな」
「知られるべきではないと。そんなに危険なのですか?」
ファイヌムがとても真剣な表情で念を押すため、つい聞き返してしまう。
「他国にもシンバがいる。彼らと情報のやりとりができる君を他国の要人達は快く思うかな?」
「あっ、でも、シンバからその主人に話してしまえば結果は同じでは?」
「そうなのだが、そこはシンバの善性を信じるしかないな」
「クラウスがシンバ...... なんだか不思議だけど、すごくストンと納得できちゃうかも」
先ほどからクラウスの横顔をずっと撫でていたのだが、つっとその目を覗き込んでしまう。
《ん? どうしたの?》
《なんでもないの。ただ、なんだかクラウスとこうやってお話できるのがうれしいなって》
思わず口元が緩んでしまうナギサである。
「── ナギサ君、危機感をあまり覚えていないようだけど本当に危険だから。それと蛇足かもしれないけれど、このアビリティがあると恐らく普通の馬達とも念話が使える。だから本当に念話は注意して使うように」
頬を緩めてクラウスを見つめるナギサに対し、ファイヌムはため息をつきつつ忠告を重ねる。
「真面目な話、馬達と念話ができることは可能な限り知られないほうがいい。わたし自身できるだけ隠している。この厩舎でも念話のことは隠し通している。当然知っている者もいるがね。ナギサ君のことは誰にもわたしからは言わない。ナギサ君も同じようにしてくれるととても助かるのだが」
「ファイヌム様、念話のことを皆に知られていないのですか? 馬の気持ちがわかる、って有名ですけど?」
「ああ、それか。“シンバの親愛”を賜っているということにしてあるからな」
ここまでくどいぐらいに言われるということは、本当に他人に知られると危険なのだろう。ナギサはファイヌムの忠告を素直に受け止めた。
「わかってくれたのかな。今日はここで退散するよ。クラウスがさっきから煩いからね。結界はそのままにしておくから。誰か来たり君達がここから動いたりしたら自動的に解除されるからね」
ファイヌムはそれだけ言うとナギサに軽く手を振り、本当にあっさりと厩舎を出て行った。
「クラウス、ファイヌム様は良い人だよ。あまり邪険にしないでほしいな」
《わかっているけど、今はナギサといたいからファイヌムは邪魔なの》




