2‐09‐8 気付けば......
「クラーヴィア様、ナギサさんを連れてまいりました」
大きな扉とそこを護る神殿騎士。ナギサを連れてきた神官は騎士達に軽く会釈をすると扉越しに声をかけた。
入室を促す返事に、神官に背中を押されるようにしてナギサは部屋へと押し込まれた。
部屋の中にはクラーヴィアだけではなく、神官長にマグナルバがいた。クラーヴィアしかいないかと思っていたので、少し慌ててしまう。が、なんとか跪いて礼の姿勢をとった。
「ナギサさん、礼は不要よ。そこの椅子に座って」
クラーヴィアから柔らかい声がかかる。
椅子というが、顔を上げると座り心地がよさそうな立派なソファがある。
少し場違いな感じがして躊躇っていると「気にするな。長い話になるからな」とマグナルバが声をかけてくれる。
「ええ、少し時間をとるから座ってくれたほうがわたし達も気を使わないわ。それと、ナギサさんがいつも午後から行っている洗濯場のお手伝いには連絡してあるわ」
ダメ押しのようなクラーヴィアの言葉を受け、ナギサはソファに座り、改めて三人に向かって姿勢を正す。この状況で何を言えばいいのか、何と言葉を発せればいいのか思いつかず、唇が横一文字になってしまう。
「ナギサさん、驚かしてしまったかしら? あなたが想像している通り、昨夜のことを話したいと思ってあなたをここへ呼んだの。ただ、ウォーリとマグナルバも同席することになるから、それは許してね」
「わたしとウォーリ、もちろんクラーヴィアもだが、この三人で名前探しは続けている。なので情報共有ということになるかな」
マグナルバの言葉にナギサは思わず「他の方々は?」と言葉が漏れる。
「ああ、基本はわたし達三人だ。はじめはもちろんもっといたのだがな。だが、事情を知っているものがだんだん減って、今はな。ああ、あと神々も協力はしてくれている。ただ、彼らは気が長いせいか、あまり積極的ではないからなぁ」
マグナルバが少し遠い目をしながら答えてくれた。
「同じ神様が困っているのに積極的ではない、と?」
ナギサはマグナルバの言葉に思わず反応してしまう。
「ああ。本当に気が長いというか、時間の感覚が異なるんだよ、わたし達とは。まだ、先日の事件のように思っているのではないかな」
「マギー、流石にそこまでは思っていないのでは?」
「あの...... “いつ”ということもありますが、そもそも何が起こって、どうなっているのか、ということを教えていただきたいと思うのですが......」
「少しいいか」
それまで口を挿むことなく存在感を消していたウォーリが声をあげる。
「あら、どうしたの?」
「ナギサ君のご両親のことだ。神の間で《女神》様と話して、何か思い出したことはあるのか、先に聞いておきたい」
ウォーリの言葉にナギサはどう答えるべきか考える。“設定”では両親は盗賊に襲われて死亡。その時どうやったのか《女神》によってナギサのみ助けられて、クラーヴィアのもとに送られた。クラーヴィアの部屋で目覚めたナギサは記憶を失っていた。《女神》の設定とナギサがこれまで周りに語ってきた設定、この二つが矛盾しないような回答をしないといけないわけだ。
だが、そうなると答えることができるのは、
「何も...... 両親のことを《女神》様がお話されていても、どうしても自分事と感じられなくて......」となってしまう。
実際、自分事と感じられなかったのは本当である。《女神》としてはナギサの身元で怪しまれない為の配慮であろうが、事前に聞いていなかったこともあっていろいろ反応が難しい。
「そうか。話を中断してしまってすまなかった」
「なんだ、もういいのか? では、ナギサが先程聞いてきた件だが......」
マグナルバが言うには、そもそも何が起こったかということがはっきりしていない。突然《女神》としか頭の中に浮かばなくなった。名前という概念が《女神》にだけ浮かばない。《女神》とそれまでも呼んでいたかのように誰もが普通に、疑問に思わずにいた。
そう、気づいたらそういう状態になっていた、というのだ。
名前を奪われた《女神》が人界に降りてこられなくなったことも、その事実を認識するのに時間がかかった原因の一つだ。
この世界では神々は人界に気軽に降りてくる。街を歩けば意外にその辺りにいたりする。《女神》はこの国の主神でもある為、頻繁に皆の前に現れていた。それがパッタリ途絶えたのだ。
式典があれば必ず顔を出していた《女神》が現れない。その異常ささえも最初は違和感ぐらいで見過ごされていた。
だが最初にクラーヴィアが気付いた。巫女であり国主である。式典時の主神不在。気づけは後は早かった。マグナルバや他の神官達と協力し、何が起きているのか確かめようとした。
それでも、最初は何もわからなかった。《女神》に名前があるという概念が消えていたからだ。
「では、どうやって?」
「わたしが神の間へ招かれたの」
神の間へクラーヴィアが招かれた。名前が失われてから随分経っていたようだ。《女神》自身、その時の影響でかなり力を消失し、神の間を利用することすら難しかったそうだ。
そしてそこで初めて事情が説明されたという。《女神》自身も名前を思い出せないらしく、手がかりもない。名前が封印されたので、その封印を解かなければならない、ということだけが分かっている現状だという。
「なるほど。それで...... 先ほどもお尋ねしたのですが、それはおおよそいつぐらいのことだったのですか?」
「そうねぇ、もう200年ぐらい経っているかしら?」
クラーヴィアがマグナルバに向かって問いかける。
「そうだな、それぐらいは経っていると思う」
「...... あの...... 計算、おかしくないですか?」




