2‐06‐5 本来の目的へ
最初の野営地を引き払い、次の目的地に向かう。
その後の魔力溜まりの浄化作業は驚くほど順調に進んだ。
計画された野営地の数、そこを拠点として対処する魔力溜まりの数、その距離感、諸々を聞いた時は予定通りに巡回作業に入れるのだろうかと多くの神官達が訝しんだが、終わってみれば余裕である。
途中で何度か狂暴化した魔獣に襲われたが、いずれも騎士達が無難に対応した。そもそも神官達が気付く前に騎士達が動いて討伐してくれるので、野営地でアースターに報告が上がることで、はじめてそんなことがあったと気づくぐらいであった。
順調に浄化作業が終わったことで、本来の目的である“秋の巡回”に皆の意識が向いていく。
本来の目的に戻ったことで、魔導馬車も通常速度で進んでいる。
セラスが窓から流れる風景を、秋の刈入れ作業が済んだ畑や秋の色づきを楽しんでいるように、他の神官達も景色を眺めたり、駐在先の村へと頭を切り替えたりと、いつもの巡回時の雰囲気に包まれていた。
「間もなく村へ到着します」
先触れのおかげか、村に到着すれば村の代表や神官達が出迎えてくれた。
挨拶もそこそこにまずは徴税作業ということで、アースターや神官達が村長達と共に去っていく。
セラス達見習いは馬車を指定の場所まで移動させ、馬達の世話や宿泊の準備に入った。
作業がひと段落つき、村の広場まで戻ると、手が足りない神官達から見習い達に声がかかる。セラスへは駐在している神官が声をかけてきた。治療の手伝いが欲しいという。
どの村も治療院は神殿横に併設される。そこでは駐在している神官が治療を行う。駐在神官は3人ほどいるので普段は問題なく治療できる。しかし、稀に重病・重症・呪い等、技量や魔力量の兼ね合いで対応できない場合がある。その時はこの巡回時に手助けを頼んだり、大神殿へ助力を請うたりもする。
(今日は一体どうしたのだろう)
「セラスさんが今回の巡回にいるって聞いてね。最初はアースター様にお願いしようと考えていたんだけど、流石に班長はやるべき事が多いから頼みづらくって。助かるよ」
「いぇ、そんなわたしでお役に立つのでしたら......」
(何故、わたしを名指しで?)
セラスが困惑気味にしていると、
「治療魔法というか、聖属性魔法全般が得意と聞いているけど、あっているよね?」
「ええ、得意というか特化して勉強していますが?」
「今日頼みたい患者なんだが、わたし達では手が追えないというか...... わたし達も一通り治療魔法は使えるし、学生や見習いには勝っているという自負はあるけどね。ただ、その患者がね......」
道々状況を説明されながら連れられて行った先は一人用の病室。
中には神官が一人、あと村人、家族だろうか? がベッド脇に立っている。
そのベッドに横たわっているのは少年のようだ。入口から見る分にはとても静かに眠っているように見える。促されるままにベッドに近づくと、
(これは!)
顔色は驚くほど青白く、上掛けの上にだらりと出された両腕は、顔色とは真反対に炭で塗り固めたようにどす黒かった。
驚いて神官に顔を向ければ「呪いだ」の一言。なんでも黒蜘蛛を刺激してしまったらしい。
黒蜘蛛は呪いを使って捕食相手を弱らせる。そして対象が弱り切ったところを糸で拘束し食料とする。ただ、この捕食対象は鳥や魔獣の子といったもので、人を積極的に襲うことはないと学んだ覚えがある。
「このあたりにはいない蜘蛛を見かけて、興味が湧いたのでしょう。獲物を糸で巻いている時だったらしく、手で蜘蛛と獲物、その両方を触ってしまい......」
一緒にいた村人が説明してくれる。近くの林へ枝拾いに2人で入っていた時のことだという。最初は指先が少し黒ずんだ程度。しかし、日々その黒ずみが上へ上へと広がりだし、慌てて治療院に連れてきたのだそうだ。
「わたし達も解呪を行ったのだが、呪いの浸食速度が速くてな。
解呪してもそれを上回る速度で呪いが進むのだ。わたし達の技量では魔力が足りない。つまり、こちらの命が削られることになる。セラスさんは技量が高く魔力量も多いと聞いているので、一度試してみてほしいんだ。勿論、命を削れと言っているのではない。無理であれば、アースター様の手が空くのを待つだけのことだからな」
(今度は解呪...... なんだろう、今回の巡回は)
「わかりました。わたしで試せる範囲でやってみます。危険な状態になったら引き離してください。それだけはお願いします」
ペコリと部屋にいる神官達に頭をさげる。
「ああ、わかっている」神官は頷くと、セラスを少年が横たわるベッド脇のイスに座らせる。
一度深く呼吸をして心を落ち着かせる。
少年の左手を軽く引き寄せ、手の甲にセラス自身の手を重ね、解呪の呪文を唱える。アースターに言われたことを思い出し、少年の手と表情に注意しながら魔力を注ぎ続けた。
しばらくすると少年の体全体がホワリと光に包まれる。ほんの一瞬のことであったが、その光が消えた後、少年の両腕は青白くはあるものの、炭で塗りつぶしたような色ではなくなっていた。
「「「おおっ!」」」
神官達が声を上げ、少年の様子を確認し始める。
「ああ、君は村長に連絡を」と、先の村人に神官が言葉をかけると彼は部屋から飛び出して行った。
「さすがは“新たな神童”と言われることはある。セラスさん、大丈夫か? 魔力を使いすぎたりはしていないか?」
「大丈夫です。上手く解呪できたようで安心しました。その...... “新たな神童”って止めていただきたいです......」
「ああ、すまない。だが、素晴らしい! この呪いはかなり深刻なものだった。これが解呪できるというのは誇ってもいいことだと思うぞ。まぁ、それよりも、魔力ポーションだ。飲んでおきたまえ。大丈夫そうに見えて、魔力を一気に減らすと体が音を上げることもあるぞ」
セラスは受け取った魔力ポーションを飲みつつ考えてしまう。“新たな神童”と自身が言われていたことは知っている。だが、それは学舎時代のこと。年齢の割に魔力量が多く、コーマの技を使いこなしていたからだ。今となっては多少聖属性魔法が秀でている程度。
その二つ名がまだ覚えられていたことで、自身のふがいなさをかえって感じ、落ち込んでしまうセラスであった。




