2‐05‐2 相談
「悩み事かい?」
余程考え込んでいたのだろう。突然の声に慌ててしまい、馬の背にあてているブラシに力が入ってしまう。今は乗馬の時間。そして講義も終了時間に近づき、今日乗せてくれた練習馬にブラッシングをしている最中だった。
驚きの余りブラシに力が入り、少し強くこすってしまった。馬からの非難の視線を受け、慌てて謝りまくるナギサである。
「ナギサ君、その子はちょっと痛かったけど平気だって言っているから、そんなに謝らなくても大丈夫だよ」
声の方向に振り返ればファイヌムがまゆ毛と目尻をさげて、ちょっと困ったような表情で立っていた。
「急に声をかけて申し訳ない。驚かせてしまったようだね」
「あっ、いえ、わたしこそ、講義中なのにうわの空で......」
ファイヌムが周りの馬達の様子を確認しながらこちらに歩いて来る。
「何かあったのかい?」
ファイヌムの表情には気遣いが見える。そんなに自分は悩んでいるように見えるのだろうか?
「―あの、ファイヌム様。治療魔法って使えますよね?」
「ん? もちろんだけど、いきなりどうしたの? 魔法学の時間で何かあったのかい?」
ナギサは治療魔法について受けた注意、魔力が足りない場合に自身の命が削られる、に驚いたこと。故に治療系魔法を使いこなす為に己の魔力残量を認識できるようにならなければ、と強く思うのだがそれができない自分がいること。そして、どうすれば己の魔力残量を自覚できるようになるかわからなくて困っていることをポツポツと話した。
「なるほどねぇ。それは確かに悩むね。今はちょっと無理だから...... この後、講義の後に少し時間をもらえるかい?」
目を大きく見開き瞬きをするナギサを見て、ファイヌムがフッと微笑む。
「大丈夫。悪いようにはしないから。じゃぁ、後でね」
それだけ言うとファイヌムは他の生徒達に声をかけるためか、練習場へと去っていく。
まさか本当に相談にのってくれるとは考えていなかった。単なる世間話として流されると思って話したのだが、何か解決法でもあるのだろうか?
△▼
乗馬の講義の後、約束通りファイヌムはナギサに声をかけてくれた。
「わたしの執務室に行くけど構わないかい?」
ナギサに特に断る理由もなく、素直に肯きファイヌムについていく。
前を歩くファイヌムの干し草色の髪色が夕陽を浴びて少し赤味がかっている。
(同じ金髪でもリュークとファイヌム様では随分雰囲気が違うな)
ぼんやりとここにはいない人を思い出していると、
「ナギサ君が今期も乗馬の講義を受けてくれて嬉しいよ」
そんな言葉と共に、前を歩くファイヌムが歩みを一旦緩め、ナギサの横に並んで歩きだす。
「大半の学生は入学時の必須講義でしか受講してくれないからね。騎士希望の子達もあまり戻ってきてくれないし。やっぱり続けてくれると嬉しいよ。まぁ、君の場合はわたしよりも馬達のほうが喜んでいるようだけどね」
「あ、ありがとうございます。でも、わたしもセラスの助言や先日のお手伝いがなければ今期に受講していたかどうか......」
ファイヌムは本当に嬉しそうに言葉をかけてくれるが、今口にした通り、セラスからの一言が後押しになっているのは確かである。
「ははっ、それでもいいんだよ。でも、セラスかぁ。知り合いかい?」
「療養棟にいるときにいろいろ面倒をみてもらったせいか、今でもいろいろ気にかけてもらっています。セラスが何か?」
「いや、何かあるとかではなくて。彼女も優秀だよなぁ、ってね」
ふわりと柔らかい笑みを浮かべるファイヌムだが、その続きの言葉はない。ただ、何かを思い出しているのか、その濃い茶色の瞳は遠くを見つめていた。




